桜ふたたび 前編
猫舌の千世は、手の中の珈琲をふーふーと吹き冷まし、ついでに昂奮の温度も下げながら、遠慮なく訊ねた。
「なあ、プリンスはクリスティーナ・ベッティとは何でもないって言わはたんやろ?」
「……」
「ほな――」と、テーブルに叩き置かれた写真週刊誌に、澪は青くなった顔を背けた。
見なくても知っている。澪の視神経を神速で駆け抜け脳を直撃する見出し。
〈クリスティーナ・ベッティを自殺に追いこんだ、京都の美人OL!〉
澪が周囲の不穏な雰囲気に気づいたのは、正月休み明けの昼下がりだった。
誰の仕業か、デスクの上にこれ見よがしに置かれたスポーツ新聞に、赤マジックペンで囲まれたクリスの自殺報道を見て、澪は人目も憚らず両手で顔を覆うほど動揺した。
時をおかずに発売された週刊誌は、社内で回覧されていたらしく、何をどうやって結びつけて特定したのか、すでに後ろ指を指される状況となっていた。
「この記事はでたらめなんよね?」
首を縦にすることも横にすることもなく項垂れている澪に、千世は眉をつり上げた。
「もし、これがほんまのことやったら、あんた、騙されてたんやで? そやのに、まるであんたが旅行先のイタリアで婚約者のいるプリンスを誘惑したみたいな書かれ方やないの! クリスティーナ・ベッティもあんたが殺したみたいな書き方や!」
千世は、道路沿いの海から引き上げられる高級車の写真を、力一杯叩いた。
昂奮して遠慮のない言葉に、ぐさりぐさりと胸を刺され、澪は苦笑いを浮かべた。
「クリスは生きてるよ――」
「どっちゃでもええわ、そんなこと! 早う、確かめてみいな」
千世は鼻の穴を広げて気炎を吐く。
「何を?」
「クリスティーナ・ベッティとの関係に決まってるやないの!」
「そんなこと、訊けない」
「何でやの! 今ここで、はっきりと白黒つけてもらおうな」
凄みをきかせた千世に、それでも澪は頑として頭を振る。
「何でぇ?」
体を乗り出し迫られて、澪は仕方がないと太息を吐き、週刊誌に目をやった。
「なあ、プリンスはクリスティーナ・ベッティとは何でもないって言わはたんやろ?」
「……」
「ほな――」と、テーブルに叩き置かれた写真週刊誌に、澪は青くなった顔を背けた。
見なくても知っている。澪の視神経を神速で駆け抜け脳を直撃する見出し。
〈クリスティーナ・ベッティを自殺に追いこんだ、京都の美人OL!〉
澪が周囲の不穏な雰囲気に気づいたのは、正月休み明けの昼下がりだった。
誰の仕業か、デスクの上にこれ見よがしに置かれたスポーツ新聞に、赤マジックペンで囲まれたクリスの自殺報道を見て、澪は人目も憚らず両手で顔を覆うほど動揺した。
時をおかずに発売された週刊誌は、社内で回覧されていたらしく、何をどうやって結びつけて特定したのか、すでに後ろ指を指される状況となっていた。
「この記事はでたらめなんよね?」
首を縦にすることも横にすることもなく項垂れている澪に、千世は眉をつり上げた。
「もし、これがほんまのことやったら、あんた、騙されてたんやで? そやのに、まるであんたが旅行先のイタリアで婚約者のいるプリンスを誘惑したみたいな書かれ方やないの! クリスティーナ・ベッティもあんたが殺したみたいな書き方や!」
千世は、道路沿いの海から引き上げられる高級車の写真を、力一杯叩いた。
昂奮して遠慮のない言葉に、ぐさりぐさりと胸を刺され、澪は苦笑いを浮かべた。
「クリスは生きてるよ――」
「どっちゃでもええわ、そんなこと! 早う、確かめてみいな」
千世は鼻の穴を広げて気炎を吐く。
「何を?」
「クリスティーナ・ベッティとの関係に決まってるやないの!」
「そんなこと、訊けない」
「何でやの! 今ここで、はっきりと白黒つけてもらおうな」
凄みをきかせた千世に、それでも澪は頑として頭を振る。
「何でぇ?」
体を乗り出し迫られて、澪は仕方がないと太息を吐き、週刊誌に目をやった。