桜ふたたび 前編
「まぁなぁ、ハリウッド女優相手では、どう逆立ちしたって敵うわけないし……。でも、最後に一発ガツンとかましてやりなよ?」

「かますって?」

「そやかて、澪だけが悪者になって、このまま泣き寝入りやったら悔しいやない」

苦笑して首を横にする澪に、こちらの狭量を嗤われたような気がして、千世は面白くない。
お人好しなのか、ええ格好しいなのか、昔から澪は、自分が受けたダメージを隠す癖がある。小動物は、標的にされることを恐れて、怪我や病気を潜める習性があるらしいけど、澪の張り合いのない言動も過剰な自己防衛本能なのだろうか。
そうやって、言いたいことも言わないから、ええこちゃんぶってと女子から煙たがられるのだ。

「もぉ~苛々する! ええわ! 澪、連絡先、教えて!」

スマホを手に迫る千世に、澪は吃驚したように身構えた。

「早よ、プリンスのケーバン! あんたの代わりにうちが言うたるさかい」

澪はとんでもないと首を振った。

「何でぇな!」

「彼と別れることと今回のことは関係ない。イタリアにいるときから、考えていたことだから」

「え? ええ? 何で? 何かあったん? けんかでもした?」

澪は再び首を振った。

「ほな、何でよ〜?」

「12時の鐘が鳴って、夢から覚めた」

「それなら、シンデレラは王子様と結婚して、ハッピーエンドになるんやないの」

「千世、シンデレラは元々貴族のお嬢様なのよ。美人で聡明で優しくて、そのうえ家柄も良かったの。わたしも硝子の靴はもらったけど、上手く歩けなかったし、靴擦れができた。それなのにジェイは、わたしの手を離そうとしないんだもの」

千世は腕組みをして首を捻った。
よく事情が飲み込めないけど、つまりは澪もようやく身分違いを悟ったということか。ふたりの交際を告白されたときから、結末は予見していた。遅かれ早かれ破局は免れなかった。澪にはきつい授業料だったけど……。
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