桜ふたたび 前編
怒りの矛先を失った千世は、拍子抜けしたように口をへの字に鼻から長い息を吐いた。
澪は仕方なさげに過激なタイトルが満載された表紙に目を落としている。

「でも凄いよねぇ。こんな写真で、名前も住所も電話番号までばれちゃうんだから」

「ちゃうよ、これや!」

千世はスマホを操作すると、完全犯罪のからくりを暴く探偵のように澪の鼻先に突きつけた。

「ネタ元はこのSNS。〈いとこからのイタリア土産とローマで出会ったという噂のふたり。なんと、お互いに知ってる女性でした。ほんまに京都は狭い〉。ほら、この写真、ばっちりプリンスも写ってしもうてる。これが拡散されて、犯人探しがはじまったんよ。心当たりないの?」

「怖いね……」

ろくに読みもせず、諦念したような澪に、千世はますます憤慨した。

「何、悠長なこと言うてんの! とにかくな、何か仕返ししたらんと」

「仕返しって?」

千世は、テーブルに肘をつき斜に体を乗り出して、凄んだ。

「個人情報の漏洩で、侮辱罪とか名誉毀損とかで訴える」

「そんなことしたら、かえって火に油を注いじゃうよ?」

「あんた、ほんまは誰の仕業かわかってるんやろ」

覗き込むようにかまをかけると、澪は数回瞬きをして、目を明後日に、それから首を振った。

「こんな根も葉もないこと書かれて、腹立たへんの?」

澪は首を傾げた。

「でも、半分は本当のことだし」

「ほな、半分は嘘やんか!」

「わたしがクリスを傷つけてしまったことは、事実だもの」

ウッと息を詰まらせ、言葉を探しあぐねて困り顔をする千世に、澪は慰めるように微苦笑して言った。

「そんな顔しないで。短い間だったけど、贅沢な夢を見させてもらって、愉しかった。――それより、結婚式のこと、お姑さんたち説得できたの?」

「アホ! 他人のこと心配している場合とちゃうやんか!」
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