桜ふたたび 前編
「それでは、案内してもらおうか」

ジェイはいきなり席を立った。千世はきょとんと見上げている。

「君のところにいるんだろう?」

「はい、あ……、い、いいえ!」

見透かした冷たい視線に、千世はしまったと、肩に埋まるほど首をすぼめた。

澪が来ないことなど、ジェイにはわかっていた。
イタリアで、澪が恋人との貴重な時間そっちのけで教会探しに奔走するのを止めさせるため、後日結婚式場を紹介すると約束した際、千世の自宅の電話番号を渡されていたのが、思わぬところで役立った。(番号通知が残る携帯電話ではなく、自宅と言うのが澪らしい配慮だ。)

〈澪を捜している。どこにいるか心当たりはないかな?〉
〈い、いいえ!〉

必要以上の強い否定と狼狽に、しらばっくれているのは明らかだった。
好奇心の塊のような千世のこと、きっとのこのこ出てくる。澪に止められることをおそれ、ここで待っているという伝言も握りつぶして。

予想通りのまったく軽率な女だが、もう一働き、肝心な役どころが残っている。向こうが来ないのなら、こちらから捕らえに行くまでだ。

『Hurry-up.』

タイミングの悪いウエイトレスが、お冷やを手に固まった。

千世は助かったと言わんばかりの表情を浮かべ、レモンティーを注文すると、お冷やを一気に半分ほど呑みこんだ。力強くコップを置いて大きく深呼吸すると、意を決したように、でもおずおずと、

「もう赦してやってもらえませんか?」

思わぬ反撃に、ジェイは氷のような瞳を向けた。

「赦して欲しいのはこちらの方だ。勝手に病院から抜け出して、何を考えているのかわからない」

「病院って、澪、入院してたんですか?」

千世が勢いよく体を乗り出したので、カップが不作法な音をたてた。

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