桜ふたたび 前編
「どこが悪いんですか?」

心配と言うより興味だなと、ジェイは胸のなかで嘲笑った。
同じ友人でも、菜都は心配りの聡い女だった。しかし、住所がばれている友人宅に逃げ込むほど澪は愚かではない。
今も千世は目を輝かせて答えを待っている。病名を告げれば、今度は病状や治療法をしつこく尋ねるだろう。彼女の元では、落ち着くどころか、治るものも治らない。

「そういうことだから、澪を病院へ連れ戻さなければならない」

「それは……、あの……、たぶん、難しいと思います」

「なぜ?」

「それは……、週刊誌のことがあって、澪、外に出るのを怖がっていて……」

写真週刊誌の件は、昨夜、柏木から報告を受けた。

パパラッチたちの標的はむろんクリスだ。彼女の恋人の妻から不倫がリークされ、証拠写真を狙って貼り付いていたところ、AXのカポダンノパーティーにシェリルも参加するとの情報がまわり、スクープ競争が加熱した。結果、ニューイヤーキスが不倫疑惑を否定することになり、クリスにとっては怪我の功名となった。

しかし、澪をクリスの変装だと思い込んだ間抜けなカメラマンに、尾行されていたとは迂闊だった。
そのとき撮られたのが澪との写真だ。世間的には価値のないものだが、クリスの事故がつまらぬ憶測を呼んだ。まさか日本で、一般人である澪をかなり近い線まで特定した報道がなされていたとは考えていなかった。

いずれにせよ、ゴシップ記事にいちいち反応していたらきりがない。

「たかが週刊誌で」

千世はムッと眦を上げた。

「たかがって言いますけどね、ネットに高校の卒業写真が流出したり、前にも不倫相手の奥さんを自殺させたとか、AVに出てたなんてデマ動画まで出回って、まるで犯罪者扱いやったんですから。京都は狭いんです。すぐに噂が広まって、隠し撮りされたり、部屋の前に落書きされたり、頼んでもないケータリングが大量に届いたり。近所迷惑やからって、澪、電話もインターホンも切ってるんですよ。買い物にもいかれへんから、あんなに痩せてしもうて!」

興奮した糾弾に、廻りの客たちが何事かと振り向いた。
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