桜ふたたび 前編
「澪が私を信じられなくなった原因が、彼女との関係にあるのなら、悪かった。確かに、彼女とは過去に肉体関係があった。他にも関係を持った女性はいる。だけど、誰も愛したことはなかったし、誰も愛してはくれなかった。愛して、愛されたのは、澪がはじめてだ」

澪は俯きがちに目を伏せて、反応を見せない。
ジェイは澪の手を握りしめ愛情を込めて言った。

「澪、愛してる、心から、君だけを」

澪の瞳が揺らぎながら、ゆっくりと自分に向けられるのを見て、ジェイは安堵の笑みを返した。そのときまで絶対の自信があったのだ。釈明して誤解が解ければ、澪の気持ちも氷解すると──。

「別れてください」

ジェイは憮然とした。雪解けを待って、雪崩に遭遇した、不幸の一言ではすまされない。

「そんなに私が赦せないのか?」

「……もう疲れました」

「何に?」

澪は握られた手をつるりと抜くと、その指先をこめかみに当てた。

「ジェイとは住む世界が違い過ぎます」

「だから、澪がこちらにくればいい。私のそばにいれば、必ず守るから」

「守られてばかりでは苦しいんです」

「つまり、私が澪を疲れさせていると言うのか?」

「違います」

「もう愛していないということか?」

「愛してます。愛しているから無理なんです」

「全く理解できない。だいたい、たかがキスぐらいで子どもみたいに騒ぐなよ。澪だってアレクとキスしたじゃないか、2回も」

「あ……」

「それとも、過去の女性関係がそんなに罪なのか? 部屋に男を連れ込むよりも?」

言い過ぎだと自覚しながら、言葉が止まらない。

「私が信じられないと言うのなら、澪はどうなんだ。私を裏切らないと誓ったくせに、陰では不適切な関……けい……を……」

澪は声を失ったように口をぱくぱくと動かしている。
どうしたのかと見つめるジェイの前で、彼女は頭を抱えて打ち伏した。

「澪!」
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