桜ふたたび 前編
「澪です。戻りました」

「入りやんせ」

アップライトピアノのせいでいく分窮屈になった客間のソファーに、昭和の遺物のような頑固そうな男が座っていた。
遠洋鰹漁船の漁師で、50半ばとは思えぬ潮焼けした逞しさ。白髪交じりの角刈りに、南方系の濃い顔立ち。セーターを着た狛犬のような風貌だけど、眼差しは優しい。伯父の真壁誠一だ。

誠一の向かいに見知らぬ顔がある。伯父とは対照的にちんまりと小柄で、丸い目と大きな耳が都会育ちのチワワのようだ。歳の頃は30手前だろうか。

男は手にしていた麦茶のコップをテーブルに戻し、軽く会釈した。

「ま、座りやんせ」

誠一はグローブのような手でソファーを叩き、澪を自分の横に着席させると、改めて男に向き直った。

「姪の佐倉澪でごわす。澪、こんし(このひと)は、わい(おまえ)も知っちょっじゃろ、岩戸ホテルの橫峯専務さ──」

「橫峯です。よろしく」

薩摩弁のなかでも枕崎弁は通訳が必要なほど難解で、最近では若者のみならず、年配者でも方言離れの傾向にある。
横峯は、関東圏に住んだ経験があるのだろうか。どこか頑張った感のある標準語だ。

「さっそくなんですが、澪さん、しばらくの間、ホテルの仕事を手伝ってもらえませんか?」

唐突な申し出に、澪は弱り顔をした。
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