桜ふたたび 前編
枕崎に梅の花が咲き、桃の蕾が綻びかけたころ、澪は京都へと戻ってきた。
一月半ぶりの我が家は、少し湿ったかび臭い臭いがした。出てきたときと何も変わっていないのに、どことなく寒々しい。
懐かしさの次にほろ苦さがあった。そしてやるかたない寂しさが、胸臆に広がった。
澪は澱んだ空気を入れ換えようと窓を開けた。夜半の風がすっと冷たい手を伸ばし、頬から首へと抜けてゆく。雨水でもないよりましだと、窓の手摺りに出しておいた植物たちは、暗緑色に霜枯れて、みな死んでいた。
澪は暗鬱とした気分で、部屋を振り返った。
少ないなりに家具にも食器にも思い入れはあるけれど、すべて手放すことにした。少しでも身軽になれば、頭の中に墨汁を流し込んだようないつまでも続くもの憂さから、逃れられるかもしれないから。
思えば、5年前も逃げてきたのだった。
あのとき手を貸してくれたのは、菜都だ。
ただひとり、柚木との関係を知り、ずいぶん反対もされた。それでも、何くれとなく助力してくれて、あんな結果になった後も変わらぬ友情を結んでくれている。
菜都と最後に言葉を交わしたのは、イタリアへ発つ前日だった。母親のガンが転移していて、手術が大変難しい状態だと言っていた。
命長らえるために乳房を切除したのに、半年も経たずに再発するなんて、神も仏も無慈悲だと、菜都は無念に言った。
澪は壁の時計を見やって、躊躇いながらスマホを手にした。
一月半ぶりの我が家は、少し湿ったかび臭い臭いがした。出てきたときと何も変わっていないのに、どことなく寒々しい。
懐かしさの次にほろ苦さがあった。そしてやるかたない寂しさが、胸臆に広がった。
澪は澱んだ空気を入れ換えようと窓を開けた。夜半の風がすっと冷たい手を伸ばし、頬から首へと抜けてゆく。雨水でもないよりましだと、窓の手摺りに出しておいた植物たちは、暗緑色に霜枯れて、みな死んでいた。
澪は暗鬱とした気分で、部屋を振り返った。
少ないなりに家具にも食器にも思い入れはあるけれど、すべて手放すことにした。少しでも身軽になれば、頭の中に墨汁を流し込んだようないつまでも続くもの憂さから、逃れられるかもしれないから。
思えば、5年前も逃げてきたのだった。
あのとき手を貸してくれたのは、菜都だ。
ただひとり、柚木との関係を知り、ずいぶん反対もされた。それでも、何くれとなく助力してくれて、あんな結果になった後も変わらぬ友情を結んでくれている。
菜都と最後に言葉を交わしたのは、イタリアへ発つ前日だった。母親のガンが転移していて、手術が大変難しい状態だと言っていた。
命長らえるために乳房を切除したのに、半年も経たずに再発するなんて、神も仏も無慈悲だと、菜都は無念に言った。
澪は壁の時計を見やって、躊躇いながらスマホを手にした。