桜ふたたび 前編
「あ~あ、もういっぺん会いたいなぁ。うちともあろう者が、ケー番、ゲット仕損なうやなんて、一生の不覚やわ」

澪はぎくりとした。話を振られては困ると慌ててグラスに手を伸ばす。
それにしても、失恋のやけ酒を覚悟していたのに、千世はすっかり忘れている。それはそれで喜ばしいことだけど。

千世はいきなりキラキラした瞳を澪に振った。

「なぁ、結婚してはると思う?」

「ど、どうかな?」

「指輪はしてへんかったけど……。時計は○ネライのラジオミール、財布は○ッチ、靴は○ェラガモやった。さすがトップバイヤーやわ」

顔ばかりに見とれていたと思っていたのに、抜け目なくチェックしていたとは。

「そんな男はんなら、女の方がほおっておかへんやろねぇ」

先刻の仕返しか、ほんの一滴厭味を垂らしたママの言葉を無視して、

「澪、抜け駆けはあかんよ」

カクテルに咽せる背を、「冗談、冗談」と笑いながら叩く。

「そんな度胸があれば、とうにええ男、捕まえてるよな。この歳まで恋愛経験0なんやから」

「まさかぁ」

「そのまさかぁなんよ。何せご存じのように、人見知りの引っ込み思案、そのうえ重度のコミュ障やからね」

「まあ、勿体無い! せっかくのべっぴんさんが宝の持ち腐れやないの。うちと代わってちょうだい!」
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