桜ふたたび 前編
「旅行?」

その声の平たさに、澪は挫けそうになった。

「ルナが、誕生日プレゼントに飛行機のチケットをくださったので」

意外そうに振り向いた顔に、澪は驚き胸が詰まった。
少し痩せた。頬桁がはっきりとして、眼窩が窪んで見える。瞳は光を失って淀んだ灰色をしている。もう何もかも諦めてしまったような、空虚な色。

「そう、ルナが……。私も、何かプレゼントを──」

「もう、いただきました」

澪は精一杯の笑みを向けた。

「ジェイに逢えて、体が浮いちゃうくらい、幸せ」

ジェイの瞳が揺れた。

「澪──」

「クション!」

間が悪い。ジェイは言いかけたことを置き去りにして、自分のジャケットを澪に羽織らせ、怪訝な顔をした。

「荷物は? ホテル?」

澪の手には小さなボストンバッグが一つ。確かに旅行にしては身軽すぎる。

「これだけ」

「それだけ?」

「明日のお昼の便で帰らないといけないので」

「明日?」

「それで、あの……、もう一つ、誕生日のプレゼントをお願いしてもいいですか?」

ジェイは驚いた顔をして、

「もちろん」

澪は躊躇うように目を伏せた。そして顔を赤らめ肩を震わせ、言った。

「もし、ご迷惑でなければ……、今夜、ジェイの時間を、わたしにください」
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