桜ふたたび 前編

2、ブライアントパークの桜

ニューヨークテイストのモダンシックなレストランのテーブルに、可憐なガーベラのブーケ、それに澪の生まれた年のレディガフィ・トゥア・リータが、ワインレッドのキャンドルに照らし出されている。

ジェイはワイングラスを目の位置に掲げた。

「Happy birthday. 澪」

「ありがとうございます」

ささやかな祝宴に、澪は喜んでいる。
思えば、これまで澪の方から欲したものは何もなかった。いつも〝勝手な思い遣り〞を押しつけられて、困惑の表情を浮かべていた。
皮肉なもので、別れて初めて、彼女の望むものを贈ることができた。

ジェイは噛みしめるようにワインを口に含んだ。
孤独と虚しさを癒すため、浴びるほど酒を呑んだ。酔うほどに澪を思い出すとわかっているのに、呑まずにはいられなかった。

女も抱いた。愛情のないセックスがいかに虚しいものか思い知らされながら、ただ一瞬の快楽だけを求めた。

複雑な負のスパイラルに絡まって、どんどん深みへはまってゆく。のたうちながら滑落してゆく惨めな己の姿に、実は満足していたのかもしれない。
墜ちるところまで墜ちればいい。失うのならすべてを奪ってゆけ。そう自虐めいたことを吐いた夜もあった。

今、澪の瞳に晒されて、ジェイは己の弱さを強烈に恥じていた。傷ついてなお、その清らかさを失わない、彼女の強さが眩しかった。

静かだった。ただふたりにだけ用意されたステージのように、周囲のさやめきさえ耳に入らない。

やがて運ばれてきたバースデーケーキに、澪は子どものように目を輝かせた。本物と見まがうような薔薇の砂糖菓子でデコレートしたケーキに、キャンドルが小さな焔を揺らしている。

「素敵……」

「さあ、願い事をして、消して」

澪はウンと頷くと、指を組み目をジッと閉じ、それから目を開けてジェイにニッコリと微笑むと、少し前屈みになって唇を尖らせた。彼女の瞳の中にもキャンドルが点り、ふ~っと息とともに次々と消えていった。

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