桜ふたたび 前編
女は謎めいた笑みを唇に浮かべ、「よいしょ」と肩を並べる近さにあぐらを掻いた。面食らう澪を横目で笑い、後ろポケットから煙草を取り出して、オイルライターの匂いをさせ火を着ける。前方に吐き出された白い煙が、風に捕まりあっという間に霧散していった。
「わかんない?」
澪はまじまじと横顔を見つめた。
黒人系の褐色の肌、天然パーマの髪、大きな茶色の瞳に厚い唇──。
「あ! 加世木のおばあちゃんとこのれーちゃん?」
「せーかい!」と、玲は笑った。
「うわぁ~、え〜? ほんと、れーちゃんだ。よくわたしのことがわかったね」
不思議なもので、幼なじみというのは、空白の歳月を一気に飛び越えて、少女の頃の感覚に互いを戻してしまう。
20年前も、澪がここでひとり絵を描いていると、決まって玲がやって来た。いつも全身を怒らせて一目散に海へ入るのは、ケンカしてズタボロに汚れた服や涙を隠すためだ。
澪には伯父がいたけれど、玲にはいじめから守ってくれる父親がいなかった。
「みーちゃん、ここでは有名人だからさ」
澪は苦笑いを浮かべた。
人間関係の濃い田舎町だ。真壁の家に澪が居候し始めたことを、知らない者の方が少ないだろう。毎日、海を見つめる姿に、碌でもない男に騙されて逃げてきたらしい、やはり血は争えないと、近所の噂になっていることも知っている。
「おばあちゃんは? 元気?」
「ちょっと膝を悪くしてるけど、元気、元気、八十過ぎとは思えないくらい。お母ちゃんも戻ってきてるし、一度顔見せてあげてよ。──大地! あんま遠くへ行くなよ」
玲は波打ち際で遊ぶ子どもに大声で言った。
「息子さん?」
「うん」
「いくつ?」
「4つ」
大地が駆け戻ってきて、玲が広げた股の間に磁石のように潜り込んだ。大きな腕にギュッと抱きしめられて、キャッキャと身を捩っている。
「京都に住んでるんだって?」
「あ……うん……」
「実はあたしも、高校退学になってからしばらく、親戚がやってる祇園の小料理屋を手伝ってたんだ。偶然ここの青年団が慰安旅行で来たことがあって、こっちでは風俗嬢ってことになってた。驚くわ~」
玲が茶化したのは、件の噂を耳にしているからだろう。