桜ふたたび 前編
──みーちゃん?

女は謎めいた笑みを唇に浮かべ、「よいしょ」と肩を並べる近さにあぐらを掻いた。
面食らう澪を横目で笑い、後ろポケットから煙草を取り出して、オイルライターの匂いをさせ火を着ける。前方に吐き出された白い煙が、風に捕まりあっという間に霧散していった。

「わかんない?」

澪はまじまじと横顔を見つめた。

黒人系の褐色の肌、天然パーマの髪、大きな茶色の瞳に厚い唇──。

「あ! 加世木のおばあちゃんとこのれーちゃん?」

「せーかい!」と、玲は笑った。

「うわぁ~、え〜? ほんと、れーちゃんだ。よくわたしのことがわかったね」

不思議なもので、幼なじみというのは、空白の歳月を一気に飛び越えて、少女の頃の感覚に互いを戻してしまう。
20年前も、澪がここでひとり絵を描いていると、決まって玲がやって来た。いつも全身を怒らせて一目散に海へ入るのは、ケンカしてズタボロに汚れた服や涙を隠すためだ。澪には伯父がいたけれど、玲にはいじめから守ってくれる父親がいなかった。

「みーちゃん、ここでは有名人だからさ」

澪は苦笑いを浮かべた。

人間関係の濃い田舎町だ。真壁の家に澪が居候し始めたことを、知らない者の方が少ないだろう。毎日、海を見つめる姿に、碌でもない男に騙されて逃げてきたらしい、やはり血は争えないと、近所の噂になっていることも知っている。
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