桜ふたたび 前編
晩春の夜の気配が、優雅な紫の羽を広げて静かに街に降り始めた頃、トリコロールの大旗が目印の小さな店先で、澪と菜都は行き合った。

「やっぱりね」

待ち合わせ時間より10分早い。予想通りと、菜都はにぃっと口端を上に引っ張った。

澪より小柄で、シャープな輪郭によく似合う黒のショートボブ。猫の目のように目尻が上向きのアーモンドアイ。目力が強いせいか、少しとっつきにくい雰囲気がある。

菜都とは、以前勤めていた会社で知り合った。彼女の方は妊娠を機に1年もせず辞めてしまったけれど、その後も季節ごとに近況報告するつきあいが続いていた。
目端が効いて肝が太い彼女は、1児の母ということを差し引いても、一つ年上の澪よりずっと足が地に着いている。

「こんばんわ、芽衣ちゃん」
「こん・ばん・わ、みーたん」

ママと揃いのアメカジファッションにリボンを結んだポニーテール。もう幼稚園児だというのだから、子どもの成長は本当に早い。しばらく見ないうちにいっそう賢くなって、輪郭もはっきりしてきた。

子リスのようにつぶらな瞳で見上げる少女に、嬉しさと愛おしさと、同時に胸に詰まるような痛みを感じて、澪は微笑みが少し陰ってしまったことを悟られまいと、店内に顔を向けた。

店は、テラコッタを基調とした明るく気さくな雰囲気で、窓のカフェカーテンと黄色いマーガレット柄のテーブルクロスが、南仏のビストロを思わせる。
京野菜を使った料理が手頃なプリフィクスで愉しめると、女性に人気の店らしく、大通りから外れた住宅街にありながら、今夜もテーブルのほとんどが、賑やかな会話で埋まっていた。
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