桜ふたたび 前編
スタジアムの興奮を余所に、ふたりの時間は静かに流れていた。

「逢いたかった」

ジェイは澪の左手をとって指輪に唇を寄せた。
澪の瞳が涙に潤んだ。

「チケットをありがとうございました。それから、ヴェネツィアではガイドさんまで……」

告げたいことが山ほどあった。なのに感動で、言葉が震えて出てこない。誕生日プレゼントの礼だと送られてきたチケットが、再会のクーポン券になっていたとは、夢にも思っていなかった。

「バースデイカードをありがとう。すぐにでもヴェネツィアに飛んでいきそうになった。でも、ニューヨークに戻るまでは、澪に逢わないと決めていたから」

澪は驚きと歓びの混ざった顔を上げた。

「待たせてごめん」

ニューヨークでの再会から、わずか3ヶ月。失意の底にあった暗い目はどこにもない。澪の愛した瞳が、そこにあった。

「おめでとうございます」

「ありがとう。澪のお陰だ」

とたんにあふれ出した涙に、ジェイは苦笑しながら澪の頭を撫でた。

「ほら、もう泣かないで。せっかくのペイントが台無しだ」

もうすでに、汗でほとんど消えかかっている。

そのとき、熱い戦いの終わりを告げる長いホイッスルが、夏の夜空に響き渡った。
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