桜ふたたび 前編
見つめ合う恋人たちの向こうに、美しい窓景色が広がっている。
超高層階から見下ろす色とりどりの街灯りは、霊峰の裾野のように遙か彼方まで延々と広がり、まるで銀河の星屑で織った絨毯に立っているようだ。

幻想的な光景に、夢ではないことを確かめ合うように、もし夢でも覚めてしまわないようにと、ふたりは神妙に唇を寄せ合った。

さざ波のように始まった口づけは、寄せては返し、やがて烈しい激情の波となって、澪を呑み込んでいった。

啄むようなキス、少し冷たい唇の感触、髪をまさぐる指先。

どんなにこのときを待ち焦がれただろう。恋しくて、逢いたくて、ようやくニューヨークで再会して、互いの想いを確かめ合いながらも、口づけも交わさぬまま別れたあの朝から。

歓びの涙で洟を詰まらせ、それでも呼吸を忘れてキスに応じる澪が、危うく気を失う前に、ジェイは名残惜しげに唇を離した。

宝石の欠片を散りばめたような夜景より、涙に輝く澪の瞳の方が美しい。ジェイはそっと唇で涙をすくい、キスだけで蕩けそうになった体を胸のなかに抱いた。

「このまま浚ってゆきたい」

「連れて行ってください」

不可能なことは、澪にもわかっているのだろう。
トミー・パーカーの失脚により無実が証明され、AXファンドへの復帰は果たしたが、一度失った信用を回復させることは容易ではない。嵐の渦中に澪を帯同しても、鳥かごに閉じこめておくよりもっと悲惨なことになる。

それでもついて行くと言う、彼女の愛が、嬉しかった。
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