桜ふたたび 前編
「例のひと? デートのお誘い?」

唖然とした顔を上げ、慌てて電話を切る澪に、菜都はニタリと笑った。

「まさか。落とし物を預かってもらっているから」

「そんなん口実に決まってるやない。一人で来いって言わはったんやろ?」

穢らわしいことを耳にしたように顔を渋める澪に、菜都は打って変わってドスを利かせた声で言う。

「行きなよ?」

「でも、一人でだなんて……。千世に内緒にはできないもの」

──それだけ?

違う。怖いのだ。澪の優れた危険回避システムが、アラームを鳴らしている。

「これを逃したら、もう二度と会えへんかもよ。会いたくないの?」

「会いたいけど……」

うっかり乗せられて、澪は自分の言葉にはっとした。

──会いたい。

澪は打ち消そうと頭を振った。
澪はこうした感情に、おそれを抱いている。何かに心を留め、執着すれば、失うことが怖くなる。かかずらいしがみつく姿ほど、醜いものはない。

「でも──」

「でもとちゃう‼」

菜都はまずいという顔をして、あたりを警戒するかのように右に左に首を捻った。
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