桜ふたたび 前編
弾かれたように反転する澪の前で、ジェイは何事もなかったかのように腕時計に目を落とし、

「時間通りだ」

距離が近すぎて、青かった顔が赤くなる。耳の裏まで熱くなって、彼の顔をまともに見られない。

「あ、あの、ありがとうございました……」

「どういたしまして」

そっけなく言ったきり、彼はさらぬ顔をして澪を見つめている。さっさと用事を済ませて別れたいのに、黙ったまま一向に本題に入ろうとしない。

澪は弱ったと下向いたまま辺りをうかがった。
外国人だらけの京都駅と言っても、男女が向き合ったまま突っ立っていれば、変に思う者もいるだろう。今日も全身セレブ感あふれる出で立ちで、それでなくても衆目を集めるひとだ。すぐ横で人待ちしている少女が、チラチラとこちらを盗み見ていた。

澪はそろりと目を上げて、

「今日は、わざわざすみません」

相手はうんともすんとも言わない。ただ見つめている。

心臓がことりと鳴った。

澪は静かにひとつ息をしてから、なんとか声を絞り出した。

「あ、あの、かんざしを……」

ジェイはいま思い出したという風に頷いて、スーツの内ポケットから万年筆でも貸すようにかんざしを取り出した。

「ありがとうございます」

安堵の笑顔を上げて、澪は小首をかしげた。
彼はかんざしを引き渡す素振りを見せない。ただじっと澪を見つめている。それは、つまり、受け取る前に何か重要な手順が抜けているということだろうか?
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