桜ふたたび 前編
──お返しを用意しないといけなかった……。わざわざ届けてくれたのに。

断りの電話をかけることばかりに頭が向いて、そこまで考え至らなかった。

──失敗した。どうしよう。お礼にお茶に誘って、さりげなく席を外してお土産を買いに行く?

外国人なら扇子とか? 嵩張らず迷惑にならないもの……と考えて、澪は力なく首を振った。そこまで器用に辿りつけるとはとうてい思えない。お茶に誘う言葉さえままならないのに。

おそるおそる目を上げると、彼はゆっくりと瞬きをして、今度はかんざしをつくづくと鑑賞し始めた。

「とても美しい。京都の記念にpresentして欲しい」

「え? でも……それは……」

口ごもる澪に、彼はさっさとかんざしをポケットに戻そうとする。

「待って!」

つい腕を掴んでしまい、アッと放す澪に、彼は拍子抜けするほどあっさりとかんざしを引き渡して、

「それでは代わりに京都の景色をpresentしてもらおう」

「え?」

──またこの目。

先斗町でもそうだった。気づくと彼は、澪の瞳の奥を覗くように見つめている。

いったい、何を視ているのだろう? そんなにきれいな瞳で見つめられると、何だか吸い込まれそうで、身動きできなくなってしまう。そのうえポーカーフェイスだから、感情がさっぱり読めない。

「あの、でも……」

再びゆっくりと瞼が瞬いたと思ったら、

「では、行こう」

言うなり彼は歩き出した。

そのとき澪は悟った。彼にとって、ノー以外はすべてイエスなのだと。
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