桜ふたたび 前編
「佐倉さんには感謝してるんや。いつも笑顔で、仕事の質にかかわらず人の見ていないところでも最善を尽くしてくれる。そういう献身的なことができるひとは、なかなかいない。一度きちんとお礼をしようと思うてた」

そこは坊ちゃん育ち、己の言動で女子たちの突き刺さるような視線が相手方に向けられるとは、考えていない。

「桂さ~ん、それ、セクハラですよ~。佐倉さんはお堅いから」

「うちやったら喜んでお受けいたしますのにぃ」

「ほなら、今度から見えないように(・・・・・・・)、仕事せなあきまへんわなぁ」

京都人は、柔らかい京訛りで、さりげなく毒を吐く。

「こわっ」

上瞼の重い一重の吊り目がさらに釣り上がり、桑原を睨んだ。

粟野を大人げなくさせる原因が自分にあることを、澪は察している。
澪は顧問弁護士のコネだから特別扱いを受けていると放言して、何度か室長から窘められたことがあって、それが彼女の悪感情を増幅させたようだ。──それ以前に、女の感情的な部分で敵愾心を買っているのだろうけれど。

ふいに室温が1℃上がった。

「桂、プレゼンの準備いけてんのか?」

銅羅のような濁声に、桑原はまずいと図面にかじりつき、粟野と萩尾はやばいと肩をすくめた。それを見てこれ幸いとCAD室へ逃げ込む澪だった。
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