桜ふたたび 前編
「君こそ何か予定があったのではないか?」

話題をふってもらって安堵しつつも、しどろもどろ、

「い、いいえ、家に、帰るだけでした」

「ひとり暮らしだったな」

驚いた。
そういえば千世が、自己紹介ついでに明かしていたような気がする。澪とは宇治に住んでいたころ同じ中学・高校の同級生だった。祖父が亡くなり室町の本家に家族で移り住んでからは、ひとり暮らしの澪の家によく遊びに行く、云々。
千世のおしゃべりなどまったく聞いていないと思っていたのに。

──千世?

何か重要なことを忘れている。思考がそちらへ向く前に、

「家ではいつも何をしているんだ?」

意外な質問だった。唯我独尊という感じで、他人に関心など持たないと思っていたから。興味はないけれど、話しやすくさせるために気を遣ってくれたのだろうか。

澪は、人差し指の先を顎に、真剣に考えた。出てきた答えが、

「ええっと……、ぼーとしています」

「ぼーと?」

「はい」

「休日は?」

澪は首を捻ってちょっと考えて、

「やっぱり、ぼーと?」

休日に限らず澪の一日はルーティン化していて、整容や家事をこなした後は、特に何をするでもない。テレビもネットも興味がないし、強いて言うなら景色や植物を眺めて過ごすこと。

ジェイがそっぽを向くのを見て、(ぼーと)は外国人には通じないようだし、もう少し高尚な言い方をと脳漿を絞ったけれど、澪のボキャブラリーでは無理だった。
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