桜ふたたび 前編
──何をやってるんだ!

プラットホームに流れる列車の接近案内に、ジェイは我に返った。

澪は首を折ったまま、辛そうに肩を上下している。それもそうだろう。有無も言わさず振り返りもせず、強引に引っ立ててきたのだから。

詫びなければと理性では思っていても、プライドが邪魔をする。謝罪の仕方など、教わったことがない。

ふたりの間を生暖かい風が吹き抜けていった。気の早い台風が九州に上陸しそうだと、キャリーバックを転がした男女が話していた。週末の最終便、雨粒が吹き込むホームには、東京へ戻るビジネスマンの姿がちらほらと見られる。

やがて列車のヘッドライトが近づいてきた。雨のカーテンを突き破り、眩い光がゆっくりとふたりの前を通過してゆく。

ジェイは視線だけを向けて、澪の表情を観察した。
無体な所業を詰ることもせず、掴まれた手を振り解くでもない。瞳には困惑と苦悩があるけれど、それでも口元に笑みを作ろうとしている。

いったいこの霞のように摑み所のない態度を、どう解釈すればよいのか。ここでもまた答えに辿り着けない。
確かなことは、いま捕まえておかなければ、二度と手に入らないということだ。

〈この列車はのぞみ64号東京行き──〉

白いコンパートメントから数人が降り、何人かが乗り込んでいった。

ジェイはモヤモヤした怒りをそっけなさに替えて、無言でタラップへ上がった。

「さようなら……」

背中にかけられた声が、か細く震えていた。
罪悪感に似た心臓を鷲掴みされたような痛みと焦燥感に、考えるより先に、体が動いた。

そのとき澪は、甘い香りのなかで、ドアが閉じる音を耳にしていた。
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