桜ふたたび 前編
しまったと、澪はクローゼットに目を泳がせた。
メールをスルーすれば、澪のことなど自然消滅する。そう思っていたのに、まさかこんな展開になるとは。やはり彼は一足飛びを行く。

澪は意を決して立ち上がり、クローゼットから利休色のリングケースを取り出すと、彼の足許に正座して、怖ず怖ずと両手で捧げもった。

「すみません。これは……、お返しします」

「なぜ?」

なぜと問われても、セックスの対価など受け取れない。一層惨めになるし、第一、高価な指輪に見合うカラダでもなかったはず。
返そうにも、送り先がわからないし、かえって恨みがましいととられないかと、夜も眠れず悩んでいたところだったから、ちょうどよかった。
と、頭では答えられてもうまく言葉にならない。

「また黙る。言葉にしてくれなければわからない」

怒らせたかと目を上げたとたん、心の奥を探るような視線に合って、澪は体を強ばらせた。目を逸らすことも許さないような瞳。答えるまで沈黙のプレッシャーを続けるつもりらしい。

ついに耐えきれなくなって、澪は苦し気に口を開いた。

「ジェ…ジェイさんのことが……、雑誌に……載っていました……」

「そう、何の記事?」

何でもないことのように言うのは、普段からマスメディアに慣れているからなのか。

「本名は……、ジャンルカ・アルフレックスさん」

「うん」

悪びれもせず彼は頷いた。
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