桜ふたたび 前編
タクシーを降りたとたん、いきなり激しい雷雨がやって来た。
バケツをひっくり返したような雨足に、アパートの外階段を駆け登り玄関の鍵を開けるわずかな間に、ふたりはびしょ濡れになった。

部屋に雪崩れ込んだふたりは、互いの姿に笑い合った。

浴衣が澪の肌に吸い付いて、からだの線が露わになっている。ジェイの瞳の中には、送り火の熾が残っている。澪の顎先を親指で差し上げ唇を寄せると、雨の滴が零れてその頬を伝った。

屋根を叩く雨音が物音も息遣いもかき消してゆく。激しく口付けを交わすふたりの耳に、地響きのような雷鳴が轟いた。


❀ ❀ ❀


薄闇のなか、床に俯した澪の裸体は、項から踵まで滑らかな丘陵を描き、艶やかな肌は微光を発しているかのように眩い。床に片膝立て座り、その美しさに見惚れていたジェイは、これは神が造形されたのではないかと真剣に思った。

思わぬ拾い物だった。

男性経験は少ないだろう。体も心もまだぎこちなくかたい。性技はまったく未熟で、初めてのときには、セックスに背徳感を抱いているのかとさえ感じた。

しかしからだの相性は抜群にいい。
恥じらいながらも従順で、いちいち初々しい反応は男の本能をそそる。時間をかけてゆっくりと解きほぐし、じっくりと手をかけて教え込めば、ますます官能的なからだに育つだろう。
己の導きによって変貌してゆく様を見てみたいと思うのは、雄の本望だ。まさか自分にもそんな生臭い開拓精神があったとは、驚きだが。

これまで、男と女など、始まりが終わりだと考えていた。元が打算の産物だ。一度関係を持てば目的は達成され、急速に関心を失ってしまう。
性技に長けた女もいた。芸術品のような体の女もいた。しかし、澪のように余韻を残す女はいなかった。

からだの相性だけではないのだろう。
彼女は渇いた大地を潤す泉だ。たとえ悪意をもって汚そうとしても、決して穢れず、決して涸れず、そうして永遠に、処女の清らかさを失わない。

そっと肩に触れると、澪は薄く瞼を開き、菩薩のように微笑んだ。

「ヒリヒリします……」

電気をつける余裕もなく、ただ激情のまま彼女を貪った。見ると、壁や床で擦ったのか、肩口や膝が赤くなっている。
まるで10代の若者の如き狼藉に、ジェイは頭をかいた。ゆっくりと解きほぐすとは、どの口が言えたことか。

雨は降り止まない。大地の熱を和らげるこの慈雨のように、澪の静穏な心が胸に染みこんで来る。

ジェイは澪を抱き上げベッドへ降ろすと、再び慈雨を求めた。
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