桜ふたたび 前編
自分は両親の元へ戻ったのではなく、引き取られたと思っていたのか。義理か厄介で養育してもらったと思っていたのか。いつからそんな風に考えるようになったのだろう……。

伯父たちがどんなに力を尽くしても、おためごかして耳打ちする大人はいて、澪はとうに自分が親から捨てられたのだと知っていた。彼らの愛情はそんなことは払拭して余りあるものだったし、澪は自分がまわりが云う不憫な子どもだとは思ったことがなかった。

それでも本当の両親というものに密かな関心はあったから、突然現れたきれいなお姉さんが母だと名乗ったとき、単純に嬉しかった。

「いいえ……」

「実の両親とは別に育ててくれたひとがいたということ?」 

澪の眼差しが翳り、閉じた唇に微かに力が入った。

澪は、家族について他人に話したことがない。クラスメイトたちが少しの不平と少しの自慢を混ぜこぜにして語る家族の姿に、幼心にも自分の家庭は奇異だと感じていたからだ。

ジェイは諭すように言った。

「澪、心の中に膿を溜め込んだままでは、いつまでも呪縛から逃れられない」

「呪縛?」

「望めば失う、それは澪がかかった呪縛だ」

そうかもしれない。
自分の存在が、人の涙のうえにあると知ったときから、澪は夢や希望を持たなくなった。誰かが幸せになれば、誰かが不幸せになる。そうして他者の不幸のうえに手に入れた幸せで、人は本当に幸せになれるのだろうか。
母は、奪い返されることを恐れて、失うことを恐れて、猜疑心で決して幸せには見えない。

「呪縛をかけたのは、誰?」

澪の暗い瞳が小さく震えた。

呪縛なら、解くことができるのだろうか。心の膿に針を差すことで、その方法が見つかるのだろうか。
それは直視したくない事実を、一つひとつ確認する痛みを伴う作業になるけれど。
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