桜ふたたび 前編
澪は瞼を閉じて、言葉を押し出すように言った。

「わたしは、望まれて生まれてきたのではありません」

「……誰に望まれなくても、神の祝福はある」

まるで自らに言い聞かせるかのように、ジェイの口調が苦い。彼も人知れず心の底に負い目を抱え込んでいるのかもしれないと、澪は思った。

澪は沈思した。
生い立ちを語ることは、家族の恥部を晒すことになる。会って間もないひとに話して良いものだろうか。重いと引かれてしまうのではないだろうか。

けれど、呪縛の素因がそこにあって、そのために他人と壁を作ってしまっていたのなら、その壁を乗り越えて、彼にだけは少しでも近づきたいとも思う。

何だろう? 今まで誰に対しても抱いたことのない感情。
わたしを知ってほしい。
わたしをわかってほしい。
わたしは此処にいると認めてほしい。

それは恐ろしくもあり、けれど、砂漠でオアシスを求めるように、じりじりした渇望が心を突き動かせる。

澪はようやく心を決め大きく深呼吸をすると、鼓動の平常を確かめるように胸の上に手を当て、古くなった本を開くように、訥々と語り始めた。

「わたしの父には婚約者がいたんです」
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