桜ふたたび 前編
叫び声を上げて、澪は飛び起きた。まるで運命の扉の向こう側を覗いてしまったかのように、胸が烈しく鳴っていた。

海色のカーテンの向こうは薄明るい。額に滲んだ汗を拭い、テレビをつけて、澪は画面に釘付けになった。
ビルより高く立ち上った水蒸気、摩天楼に響く万雷のサイレン、茫然とする市民たちの姿。

〈ニューヨークマンハッタンのオフィス街、数カ所で大規模な爆発。テロか〉

ジェイは今、マンハッタンにいる。昨夜のメールにそう記されていた。

澪は胸騒ぎを覚え、慌ててスマホを手にした。

──迷惑? でも、確かめるだけ。

不安な思いに矢も盾もたまらず、震える手でボタンを押す。長く不気味な空白があって、英語のガイダンスが流れてきた。
しばらく待ってかけ直してみる。やはり通じない。夕方になってもメールの返信さえ届かなかった。

──欲しいと願った瞬間に、掌から零れてゆく……。

ジンクスが脳裏を過ぎった。

その日は一日中、マンハッタンのニュースが繰り返し報道されていた。
地下ライフラインのケーブルが破壊され、街の機能は麻痺している。蒸気パイプ管が数カ所で破裂して、死傷者が多数出ている。
けれど、戒厳令が布かれた現地の情報は錯綜していて、ましてや、ジェイの安否に繋がる情報など皆無だ。

テーブルに両肘つき額の前で指を組み合わせ、スマートフォンに祈る澪の耳元で、誰かの声がした。

〈君が望むから、失うんだ〉

これは罰だ。誓いを忘れかけた罰。

──決して何も望みません。夢も見ません。どうか、彼を助けてください。
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