桜ふたたび 前編
突然、着信音が響いた。

澪はびくりと固まって、恐る恐る手を伸ばした。右手で左手を抑えてもスマホを耳に近づける震えが止まらない。

〈遅くなった。電話をくれたんだね〉

駅の構内のようなざわめきの間に、ジェイの声が遠く近く聞こえる。どこからだろう。まさかあの世へのターミナルだったらどうしよう。

呼吸がうまくできなくて、頭がくらくらする。スマホを握りしめた手が硬直してガタガタと痙攣した。

〈どうした?〉

現実であって欲しい。確かめて否定されるのが恐い。朝の夢のように消えてしまうのではないかと思うと、声を発することさえおそろしい。

〈澪?〉

「ジェ、ジェイ?」

〈うん〉

「本当に? ジェイ?」

〈まさか恋人の声を忘れたのか? たった1ヶ月で──〉

「ご無事ですか? お怪我は?」

〈え? いや〉

「あ…ああ…よかった……」

安堵したとたん、力が抜けた。目の奥にあつい泉が湧き出て、ポロポロと溢れ出した。遠い昔、箱に閉じ込めて土に埋めたはずなのに、まるで封印を解かれたように涙が頬を伝った。
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