不器用(元)聖女は(元)オネエ騎士さまに溺愛されている
第9話 幕が開く
「良かったー。間に合った」
長い身支度を終えて広場に向かうと、観客たちが舞台に注目して幕が開くのを待っている。
ちょうど今から始まるところのようだ。
サディアスの話によると、演劇は時間によって演目を変えているらしい。
「これから始まる演目は何だろう?」
木の板に描かれている絵が、どこかの貴族のお屋敷が描かれている風景に代わっている。
目を凝らしてその絵を見ていると、不意に視線が高くなった。すぐ目と鼻の先にあるのはサディアスの顔。
ちなみに背中と膝裏にはサディアスの手があり、見事に抱き上げられてしまっている。
「……サディアス?」
「特等席からの眺めはどう?」
「降ろして! 子どもに指さされてるから! お母さんが『しっ、見ちゃ駄目』って言ってるの聞こえてきてるから!」
「ほら、始まるわよ」
「降ろせ〜!」
「我儘ねぇ」
サディアスは溜息をついて私を地面に降ろした。
まるで私が抱っこしてとせがんだような言い草だけど、全く言っていない。それに、そんな恥ずかしいことができるものか。
そうこうしている内に幕が開けて、役者たちが舞台に現れた。
「ティナ、初めての演劇はどう?」
「集中しているから黙ってて」
今回の演目は、町娘と貴族の身分違いの恋の話だ。
街中で運命的な出会いをした二人はお互いに惹かれ合うものの、身分が違う二人の恋を、周りは許してくれない。
貴族の男は町娘を愛しているけれど、貴族の義務と彼女への気持ちとの間に揺れてしまう。
「たかが身分違いでクヨクヨ悩んでるなんて、しょうもない男ね」
「でも、貴族の世界は色々とややこしいんでしょ? 詳しくは知らないけど」
「わざとややこしくしているだけよ。手順さえ踏めばどうにでもなるわ」
「まるで経験してきたかのような言い方じゃん」
「アタシが経験したかどうか、気になる?」
「……え?」
舞台役者の声も、観客たちの歓声も、頭に入ってこなかった。
サディアスの問いかけが何度も、頭の中を反芻していて。
思えば私は、心のどこかで、サディアスは神殿の騎士でいる限り誰かと結ばれることはないのだと、勘違いしていたのかもしれない。
聖女を守って四六時中一緒にいると恋愛する暇なんてないだろうと、考えていたのだ。
騎士団と一緒に魔物退治に行ったらサディアス好みの美丈夫と話したい放題だろうけど。
「べ、別に」
そう口にした途端、胸の奥がズキリと痛くなった。
この痛みの意味を知りたくなくて、別のことを考えて紛らわせようとするけれど、抗ってみたところでどうしようもない。
ゆっくりと、恐れていた自分の気持ちが、姿を現わしていく。
「あら、つれないわね」
サディアスの手が頬に触れて肩が跳ねる。
そのまま自分の方に振り向かせようとしているんだと気づいて、慌てて反対側に顔を向けた。
今の私がどんな顔をしているのかわからないけど、サディアスに見せたくなくて。
必死で抵抗していると、「おいおい」とため息交じりの声が聞こえてくる。
「演劇をそっちのけで喧嘩か?」
振り向くと、深く被ったフードから金色の髪と紫色の瞳を覗かせる人物が立っている。
「あ、ジェフリー」
「おっ? 今日のティナは何か違うな。キレーな恰好してるじゃん。見惚れそう」
「見惚れそうなだけで、見惚れてはくれないんだ?」
「おいおい、《茨の騎士》の前で『惚れる』なんて言ったら切り刻まれるだろうが」
「私はもう聖女じゃないし、サディアスだってもう私の護衛じゃないから大丈夫だよ」
そう、《聖女》に対して「惚れた」なんて言うのはご法度だ。
聖女は女神様のもの。人が惚れたり手に入れようとしてはいけないのだから。
だから神殿の騎士たちは聖女に近づく男性にはことさら警戒していたし、彼らが聖女に恋をすることも固く禁じられている。
過去には聖女に惚れてしまった護衛騎士が辞めさせられたこともあったのだとか。
「そう言ってもなぁ……」
ジェフリーは苦く笑って言葉を濁した。
その視線は、私の背後にいるサディアスに注がれていて。
サディアスに怯えてしまっているのが明らかだ。
「あはは、ジェフリーはサディアスによく疑われてたもんね」
ジェフリーが護衛騎士をしていた頃、サディアスはジェフリーに警戒していて、「アンタ! さっきティナに惚れたでしょ? ニヤついた顔してるわよ! 早くティナから離れなさい!」なんてよく言っていた。
「――ゴホン。惚れた惚れてないの話はさておき、今日のティナがいつも以上に美人なのは間違いないぜ」
「ありがとう、ジェフリーがそう言ってくれると嬉しい」
ニカッと笑って褒めてくれると悪い気はしない。
私もつられて笑うと、なぜかいきなり、サディアスに頬を摘ままれた。
「俺……アタシ以外の男にそんな可愛い顔見せるの禁止!」
「え? お、俺?」
「う、うるさいわね。黙って演劇に集中しなさい」
そう言われても、演劇には集中できなかった。
なんせ、サディアスが自分のことを「俺」と言うなんて、初めて聞いたから衝撃が強くて。
もう一度聞いてみたいと思ってせがんでみたけど、アンコールに応えてくれなかった。
長い身支度を終えて広場に向かうと、観客たちが舞台に注目して幕が開くのを待っている。
ちょうど今から始まるところのようだ。
サディアスの話によると、演劇は時間によって演目を変えているらしい。
「これから始まる演目は何だろう?」
木の板に描かれている絵が、どこかの貴族のお屋敷が描かれている風景に代わっている。
目を凝らしてその絵を見ていると、不意に視線が高くなった。すぐ目と鼻の先にあるのはサディアスの顔。
ちなみに背中と膝裏にはサディアスの手があり、見事に抱き上げられてしまっている。
「……サディアス?」
「特等席からの眺めはどう?」
「降ろして! 子どもに指さされてるから! お母さんが『しっ、見ちゃ駄目』って言ってるの聞こえてきてるから!」
「ほら、始まるわよ」
「降ろせ〜!」
「我儘ねぇ」
サディアスは溜息をついて私を地面に降ろした。
まるで私が抱っこしてとせがんだような言い草だけど、全く言っていない。それに、そんな恥ずかしいことができるものか。
そうこうしている内に幕が開けて、役者たちが舞台に現れた。
「ティナ、初めての演劇はどう?」
「集中しているから黙ってて」
今回の演目は、町娘と貴族の身分違いの恋の話だ。
街中で運命的な出会いをした二人はお互いに惹かれ合うものの、身分が違う二人の恋を、周りは許してくれない。
貴族の男は町娘を愛しているけれど、貴族の義務と彼女への気持ちとの間に揺れてしまう。
「たかが身分違いでクヨクヨ悩んでるなんて、しょうもない男ね」
「でも、貴族の世界は色々とややこしいんでしょ? 詳しくは知らないけど」
「わざとややこしくしているだけよ。手順さえ踏めばどうにでもなるわ」
「まるで経験してきたかのような言い方じゃん」
「アタシが経験したかどうか、気になる?」
「……え?」
舞台役者の声も、観客たちの歓声も、頭に入ってこなかった。
サディアスの問いかけが何度も、頭の中を反芻していて。
思えば私は、心のどこかで、サディアスは神殿の騎士でいる限り誰かと結ばれることはないのだと、勘違いしていたのかもしれない。
聖女を守って四六時中一緒にいると恋愛する暇なんてないだろうと、考えていたのだ。
騎士団と一緒に魔物退治に行ったらサディアス好みの美丈夫と話したい放題だろうけど。
「べ、別に」
そう口にした途端、胸の奥がズキリと痛くなった。
この痛みの意味を知りたくなくて、別のことを考えて紛らわせようとするけれど、抗ってみたところでどうしようもない。
ゆっくりと、恐れていた自分の気持ちが、姿を現わしていく。
「あら、つれないわね」
サディアスの手が頬に触れて肩が跳ねる。
そのまま自分の方に振り向かせようとしているんだと気づいて、慌てて反対側に顔を向けた。
今の私がどんな顔をしているのかわからないけど、サディアスに見せたくなくて。
必死で抵抗していると、「おいおい」とため息交じりの声が聞こえてくる。
「演劇をそっちのけで喧嘩か?」
振り向くと、深く被ったフードから金色の髪と紫色の瞳を覗かせる人物が立っている。
「あ、ジェフリー」
「おっ? 今日のティナは何か違うな。キレーな恰好してるじゃん。見惚れそう」
「見惚れそうなだけで、見惚れてはくれないんだ?」
「おいおい、《茨の騎士》の前で『惚れる』なんて言ったら切り刻まれるだろうが」
「私はもう聖女じゃないし、サディアスだってもう私の護衛じゃないから大丈夫だよ」
そう、《聖女》に対して「惚れた」なんて言うのはご法度だ。
聖女は女神様のもの。人が惚れたり手に入れようとしてはいけないのだから。
だから神殿の騎士たちは聖女に近づく男性にはことさら警戒していたし、彼らが聖女に恋をすることも固く禁じられている。
過去には聖女に惚れてしまった護衛騎士が辞めさせられたこともあったのだとか。
「そう言ってもなぁ……」
ジェフリーは苦く笑って言葉を濁した。
その視線は、私の背後にいるサディアスに注がれていて。
サディアスに怯えてしまっているのが明らかだ。
「あはは、ジェフリーはサディアスによく疑われてたもんね」
ジェフリーが護衛騎士をしていた頃、サディアスはジェフリーに警戒していて、「アンタ! さっきティナに惚れたでしょ? ニヤついた顔してるわよ! 早くティナから離れなさい!」なんてよく言っていた。
「――ゴホン。惚れた惚れてないの話はさておき、今日のティナがいつも以上に美人なのは間違いないぜ」
「ありがとう、ジェフリーがそう言ってくれると嬉しい」
ニカッと笑って褒めてくれると悪い気はしない。
私もつられて笑うと、なぜかいきなり、サディアスに頬を摘ままれた。
「俺……アタシ以外の男にそんな可愛い顔見せるの禁止!」
「え? お、俺?」
「う、うるさいわね。黙って演劇に集中しなさい」
そう言われても、演劇には集中できなかった。
なんせ、サディアスが自分のことを「俺」と言うなんて、初めて聞いたから衝撃が強くて。
もう一度聞いてみたいと思ってせがんでみたけど、アンコールに応えてくれなかった。