不器用(元)聖女は(元)オネエ騎士さまに溺愛されている

第1話 初恋クラッシャーのアイツ

 一体どこに連れていかれるのかわからなくて呆然としていると、見るからに高級そうなレストランの個室に閉じ込められてしまった。大理石が敷き詰められた煌びやかな空間に、ただただ怖気づく。

 平民に戻ってしまった私がこんなお店に入るなんて、もうきっとないだろう。一方で侯爵の爵位を持つ貴族のサディアスはこの雰囲気に慣れているようで平然としていて、ウェイターに料理を注文すると、いつもの調子でやいやいと騒いで尋問を始めた。

 サディアスはハルフォード公爵家の三男で成人すると同時に侯爵となった。そんな彼と、家名のないド平民の私との間には、本来ならこうして並んで食事をすることさえ許されないほどの身分差がある。

「で、ティナはなんで出ていったわけ?」
「クビになったから……シャーロットって子が新しく聖女をすることになったんだよね」

 サディアスに問いかけられるとつい、こうなった経緯をポロリと話してしまう。今まではどんなこともサディアスと共有してきたから、聞かれると何の躊躇いもなく答えてしまうのだ。

 どんな反応をするんだろうと見守っていると、サディアスはキッと眦を吊り上げた。

「聖女をクビにされたぁ? よしきた。アタシが養うわ」
「……はい?」
「ほら、あ~んして」

 サディアスは私が口にした疑問を無視して、分厚く切り分けたステーキを私の口の中に放り込む。ステーキを噛みしめると口の中で肉汁がじゅわっと広がって美味しい。
 私は今、贅沢で罪深い食事をしてしまっている……贅沢は敵と教え込まれてきた聖女生活のせいでものすごく背徳感を覚えてしまうけど、美味しさには抗えない。
 もぐもぐと罪の塊を咀嚼していると、サディアスが両手で私の頬を包み込んだ。そのまま長い指で私の目元をなぞる。

「んまぁっ、ティナったら私がいない間に泣いていたのね。瞼が腫れておブスになってるわよ」
「うるひゃい。ブスって言う方がブスなんだから」

 睨んでみてもサディアスはお構いなしで、私の頬をぐにゃぐにゃと触っては小言を零す。毎日当たり前のようにされていたこの美容チェックもこれで最後かと思うと寂しいものだ。

「つべこべ言ってないでこっちを向きなさい。もうっ、最近また眠れていなかったんでしょ? お肌がガサガサのゴワゴワよ。顔色も青白くて病人みたいだし、髪だってまたパサパサになっているんだもの。アンタ、今すぐウチに来て休みなさい」
「む、無理っ!」

 いくら気の置けない相手であるとはいえ、これ以上サディアスのお世話になるわけにはいかない。
 聖女を辞めて平民に戻った私と、生まれながらの貴族であるサディアスが一緒にいられる理由は、もう無くなってしまったのだから。

「わ、私、今日中に王都を出るんだ。これまで神殿にいて出来なかったことに挑戦したいし、貰った退職金で悠々自適に生活するためにも早く新しい場所に行かなきゃいけないからすぐにでも出ていこうかと思って」

 私は幼い頃から神殿にいた。家族のことはわからなくて、物心がついた時には孤児院にいて、聖女としての力に目覚めて以来、聖女になるべく育てられてきた。そのため、我慢してきたことがたくさんあるのだ。
 同じ年代の女の子たちを街中で見かけては羨ましく思いつつ我慢していたけれど、聖女を辞めた今の私は何でも挑戦できる。

 その自由の対価にサディアスともう会えなくなってしまうのは悲しいけれど、そういう運命だからしかたがない。

「だから、サディアスとはもうここでお別れ。元気でね」

 顔を上げると、サディアスは泣きそうな顔をしている。彫刻のような美しい造形を歪ませて涙を堪える仕草に、思わず息を飲んだ。
 サディアスのこんな表情を今まで見たことがない。瞼の裏に焼きついて一生忘れられないくらい綺麗で、言葉を失う。おまけにいつもは穏やかな金色の瞳が今や怒りに似た強い感情を滲ませていて、それすらも美しくて見惚れてしまった。

「ティナはアタシがいなくてもいいの? 平気なわけ?」
 
 震える声で言葉を紡ぐサディアスを見つめていると、出会った日のことを思い出す。
 綺麗な顔で紳士的なサディアスに秒で惚れてしまったけど、その次の瞬間、「アタシ、男にしか興味ないの。わかった?」なんて言われて撃沈したのだ。

 私の初恋を粉々に砕いたことなんて、サディアスはちっとも気づいていないだろう。悔しいから絶対に教えてやらない。
 憎いけど大好きな、私の元護衛騎士に別れを告げる時が、来てしまったのだ。

「うん、平気。サディアスがいなくてもちゃんと生きていけるんだから!」

 決意が揺らいでしまう前に出ていこうと思って立ち上がると、サディアスが私の手を掴む。 

「ティナ、待って――」
「さよならっ! 今までありがとう! あと、ご馳走さま! 元気でね!」

 私は慌ててサディアスの手を振り払い、いつものサディアスに負けないくらい立て続けに言葉を並べて話を遮った。そのまま逃げるように店を出て、全速力で走って王都の門をくぐる。


(サディアス、幸せになってね)
 

 心の中でそっと呟いて、乗合馬車に乗った。窓の外を眺めつつ、サディアスとの思い出に耽っては、ツキンと痛む胸を押さえる。

 その時はまだ、数時間後にサディアスと再会してしまうなんて、夢にも思っていなかった。
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