不器用(元)聖女は(元)オネエ騎士さまに溺愛されている
第19話 変わってしまった何か
「……はぁ」
陰鬱な想いを外に出すべく零れる溜息に、前髪が揺れた。
最近はサディアスのせいでずっとこの調子だ。それなのにその本人ときたら、これまで以上に私の傍を離れようとしない。
それに加えて、《魔女の隠れ家》に到着するなり店の前に立って警備兵の真似事なんかしている。
これまでだったら、私を送った後は仕事が終わるまでどこかで暇つぶしをしていたというのに。
「サディアスが何を考えているのか全くわからない」
店内の掃き掃除をしつつ窓の外に視線を走らせれば、憎きサディアスの背中が見える。今も背筋をピンと伸ばしては、通りを歩く人たちに目を光らせている。
給料は出ないしアビーさんに睨まれているのに、なぜかサディアスは警備兵ごっこを止めなくて。
そのうち、アビーさんの方が折れてしまった。
「……はぁ」
「あらあら、さっきから溜息ばかりついているけど、どうしたの?」
本日何度目なのかわからない溜息をついていると、お店の奥からアビーさんが出てきて、カウンターにある椅子に腰かける。
ちょうど薬の調合を終えたところのようで、薬草の香りがほんのりと漂う。
「店番をしている時にすみません。あそこにいる警備兵のことで悩んでいました」
「アイツに何かされたの? ティナを困らせているならもう一度お説教した方がよさそうね」
「もう一度?」
私は一度もその光景を見たことがなく、思わず首を傾げてしまった。
アビーさんがサディアスを睨んでいるところは何度か見かけたし、「商売の邪魔よ」と言って追い払っているところなら見たことならあるけれど。
「あのオネエが、店に来る男性客を片っ端から追い返していたから注意したのよ。だから最近は髪留めが売れなかったのよね~」
「えっ?! どうしてサディアスがそんなことを?!」
「そんなの決まってるじゃない。自分以外の男がティナと話すのが嫌だからでしよう?」
「い、いえいえいえ。そんなことはないです」
恐らく、護衛をしていた時の癖だろう。
聖女が恋をしたらいけないから、サディアスは私に話しかけてくる男性には特に目を光らせていたものだ。
「サディアスは昔から私の保護者みたいなものだったので、それで警戒しちゃったんだと思います。ご迷惑をおかけしてすみません」
「え~? そう言うことではないと思うんだけど?」
「いえ、そうなんです! もう十年近くそんな感じだったので」
「ふ~ん?」
アビーさんは片眉を上げて私の顔をじいっと見ると、なぜか肩を竦めて。
「まあ、いいわ。ティナは悪くないんだから気にしないで。それに、この前し~っかりとお説教したからアイツも反省していることでしょう」
そう言って、片目を瞑ってみせてくれた。
◇
「サディアス! アビーさんから聞いたよ。営業妨害しないでよ!」
「いきなりなんだ? ティナの邪魔なんてしてないぞ?」
アビーさんは「気にしないで」と言ってくれたけど、めちゃくちゃ気にしてしまった私は仕事が終わるなり、サディアスに苦情を述べる。
しかし、こちらがどんなに怒ったって、サディアスに効き目はなく。
「男性のお客様を片っ端から追い返したそうじゃない」
「当り前だ。ティナを狙う獣たちは殲滅する必要がある」
反省するどころか、けろりとして物騒なことを言う。
ジェフリーを訪ねてからというもの、サディアスは完全にオネエを封印してしまって。
今のサディアスも貴族らしい品のある所作をするけれど、以前のサディアスと比べるとどこか武骨さがあって慣れないのだ。
「ティナ~?」
サディアスの声が聞こえてきて気づいた時にはもう、両の手が私の頬に添えられる。目を合わせられ、逃げ場なく視線を彷徨わせてしまうと、サディアスが小さく笑ったのが聞こえてきた。
「あら、肌の調子がよくないわねぇ。最近は空気が乾燥しているから、今晩は蜂蜜を塗ってお手入れしないといけないわ」
「そ、そんなのいらない!」
むにむにと頬を触るサディアスはこれまで通りで。
なんだ、元のサディアスに戻ったのかも、なんて思ってホッとした。
しかし、そんな心の声を全て見透かしているような視線を感じてしまい。
見上げればほくそ笑むサディアスが居て。
「オネエの口調で話すと警戒心を解いてくれるティナ可愛い」
「っ?!」
サディアスに踊らされているようでいたたまれない。
私が知っているサディアスはこんなにも意地悪な性格だっただろうかとさえ思ってしまうほど、このところ、サディアスに翻弄されている。
「本当に可愛い」
「かっ……?」
「ああ、可愛い」
「何回も言わなくていい!」
サディアスがいつものように「可愛い」と言っているだけなのに耳まで真っ赤になるほど熱を持ってしまい、それがまた悔しい。
「暇つぶしでからかうくらいなら、そろそろ王都に帰ったら? サディアスはいつまでここにいるの?」
それはただの思いつきの質問で、投げやりな気持ちで聞いただけの事だったけれど。
言った途端にサディアスの纏う空気が変わってしまい、後悔することになる。
陰鬱な想いを外に出すべく零れる溜息に、前髪が揺れた。
最近はサディアスのせいでずっとこの調子だ。それなのにその本人ときたら、これまで以上に私の傍を離れようとしない。
それに加えて、《魔女の隠れ家》に到着するなり店の前に立って警備兵の真似事なんかしている。
これまでだったら、私を送った後は仕事が終わるまでどこかで暇つぶしをしていたというのに。
「サディアスが何を考えているのか全くわからない」
店内の掃き掃除をしつつ窓の外に視線を走らせれば、憎きサディアスの背中が見える。今も背筋をピンと伸ばしては、通りを歩く人たちに目を光らせている。
給料は出ないしアビーさんに睨まれているのに、なぜかサディアスは警備兵ごっこを止めなくて。
そのうち、アビーさんの方が折れてしまった。
「……はぁ」
「あらあら、さっきから溜息ばかりついているけど、どうしたの?」
本日何度目なのかわからない溜息をついていると、お店の奥からアビーさんが出てきて、カウンターにある椅子に腰かける。
ちょうど薬の調合を終えたところのようで、薬草の香りがほんのりと漂う。
「店番をしている時にすみません。あそこにいる警備兵のことで悩んでいました」
「アイツに何かされたの? ティナを困らせているならもう一度お説教した方がよさそうね」
「もう一度?」
私は一度もその光景を見たことがなく、思わず首を傾げてしまった。
アビーさんがサディアスを睨んでいるところは何度か見かけたし、「商売の邪魔よ」と言って追い払っているところなら見たことならあるけれど。
「あのオネエが、店に来る男性客を片っ端から追い返していたから注意したのよ。だから最近は髪留めが売れなかったのよね~」
「えっ?! どうしてサディアスがそんなことを?!」
「そんなの決まってるじゃない。自分以外の男がティナと話すのが嫌だからでしよう?」
「い、いえいえいえ。そんなことはないです」
恐らく、護衛をしていた時の癖だろう。
聖女が恋をしたらいけないから、サディアスは私に話しかけてくる男性には特に目を光らせていたものだ。
「サディアスは昔から私の保護者みたいなものだったので、それで警戒しちゃったんだと思います。ご迷惑をおかけしてすみません」
「え~? そう言うことではないと思うんだけど?」
「いえ、そうなんです! もう十年近くそんな感じだったので」
「ふ~ん?」
アビーさんは片眉を上げて私の顔をじいっと見ると、なぜか肩を竦めて。
「まあ、いいわ。ティナは悪くないんだから気にしないで。それに、この前し~っかりとお説教したからアイツも反省していることでしょう」
そう言って、片目を瞑ってみせてくれた。
◇
「サディアス! アビーさんから聞いたよ。営業妨害しないでよ!」
「いきなりなんだ? ティナの邪魔なんてしてないぞ?」
アビーさんは「気にしないで」と言ってくれたけど、めちゃくちゃ気にしてしまった私は仕事が終わるなり、サディアスに苦情を述べる。
しかし、こちらがどんなに怒ったって、サディアスに効き目はなく。
「男性のお客様を片っ端から追い返したそうじゃない」
「当り前だ。ティナを狙う獣たちは殲滅する必要がある」
反省するどころか、けろりとして物騒なことを言う。
ジェフリーを訪ねてからというもの、サディアスは完全にオネエを封印してしまって。
今のサディアスも貴族らしい品のある所作をするけれど、以前のサディアスと比べるとどこか武骨さがあって慣れないのだ。
「ティナ~?」
サディアスの声が聞こえてきて気づいた時にはもう、両の手が私の頬に添えられる。目を合わせられ、逃げ場なく視線を彷徨わせてしまうと、サディアスが小さく笑ったのが聞こえてきた。
「あら、肌の調子がよくないわねぇ。最近は空気が乾燥しているから、今晩は蜂蜜を塗ってお手入れしないといけないわ」
「そ、そんなのいらない!」
むにむにと頬を触るサディアスはこれまで通りで。
なんだ、元のサディアスに戻ったのかも、なんて思ってホッとした。
しかし、そんな心の声を全て見透かしているような視線を感じてしまい。
見上げればほくそ笑むサディアスが居て。
「オネエの口調で話すと警戒心を解いてくれるティナ可愛い」
「っ?!」
サディアスに踊らされているようでいたたまれない。
私が知っているサディアスはこんなにも意地悪な性格だっただろうかとさえ思ってしまうほど、このところ、サディアスに翻弄されている。
「本当に可愛い」
「かっ……?」
「ああ、可愛い」
「何回も言わなくていい!」
サディアスがいつものように「可愛い」と言っているだけなのに耳まで真っ赤になるほど熱を持ってしまい、それがまた悔しい。
「暇つぶしでからかうくらいなら、そろそろ王都に帰ったら? サディアスはいつまでここにいるの?」
それはただの思いつきの質問で、投げやりな気持ちで聞いただけの事だったけれど。
言った途端にサディアスの纏う空気が変わってしまい、後悔することになる。