不器用(元)聖女は(元)オネエ騎士さまに溺愛されている
第22話 他所でやってくれ(※ジェフリー視点)
元聖女のティナがうちの領地で生活するようになってからしばらく経つ。
仕事に就いてからのティナは街の住民たちとの交流が広がり、楽しくやっているようだ。
ティナは神殿の外での生活を知らないから心配していたが、それは杞憂だったようで、ひとまず安心した。
叶うものなら俺がティナと街の住民たちの架け橋になりたいと思っていたが――この男が早急に現れたものだから、できなくなったんだよな。
「雷に怯えているティナは相変わらず可愛かった」
サディアスは俺の執務室に現れたかと思うと、長椅子に深く腰掛け、ティナを抱きしめていた時の余韻に浸る表情で昨晩のことを語っている。
小一時間はこの話しているのではないだろうか。わざわざ自慢しに来たのなら帰ってもらいたい。
「へぇ……雷は鳴るわ誰かさんに家の扉を壊されるわで、ティナにとっては災難だったな」
ティナには心から同情する。
よもや隣に居る男が、雷に怯えているティナを見て舌なめずりしているだなんて、思ってもみなかっただろうに。
サディアスは昔から、嵐の日は執拗なほどティナにくっついている。
護衛騎士だった頃もオネエのふりをしてベタベタとティナに抱きついては、雷が止むまでくっついていたのだから実にタチが悪い。
神殿の連中も騎士団の連中も騙されていて、サディアスは女性に興味がないとばかりに思っていたから誰も止めなかったのだ。
「サディアス、早く用件を言え。俺は忙しいんだよ」
こっちは差し迫ったフェリシアの祭日に向けてやることが盛りだくさんだというのに、延々と自慢話を聞かされてはたまったもんじゃない。
じろりと睨めばサディアスは意味ありげに笑い、そこはかとなく悪い予感がして背筋が凍った。
「ああ、ブラックウェル伯爵は婚約者探しで忙しいらしいな?」
「そうだよ。誰かさんのおかげで毎日大量の釣り書きがここに押し寄せているよ」
「モテる男は大変だな」
「しらばっくれるな! お前が王国中の家門に手紙を送って俺を勧めていると聞いたぞ?!」
「で、アビゲイルとかいう女の弟子の情報は集まったか?」
「……アビーさんの弟子のことは、やっぱあんまり残ってねぇんだよ」
ティナが気にかけているから調べてみたが、これと言って手がかりになるような情報を見つけられなかった。
そもそも、問題の人物は平民で家名がなく、とりわけ大きな功績を残したわけでもないため、戸籍以外の資料なんて存在しない。
残されているのはアビーさんの養女としての戸籍の記録と、街の人々の頭の中にある記憶のみ。
アビーさんはその弟子にフェリシアと名付け、我が子のように可愛がっていたそうだ。
「酒場に集まるじーさんたちに聞いてみたら、その弟子はフェリシアって名前で、治癒魔法が使えたらしい。それ以外の情報はさっぱりだ。誰も行方を知らないみたいだな」
正直に言うと、情報が集まらなくてホッとしている。
ティナはアビーさんを励ますため、弟子の身代わりになろうとして「自分とよく似ている弟子」のことを調べているようだけれど、万が一、彼女の居場所を知ってしまえばティナはどうするつもりなのだろうか。
ティナの事だからきっと、アビーさんと弟子を合わせて仲直りさせようと奔走するに違いない。
そんなことをすればティナが肩身が狭い思いをすることになるのかもしれないというのに。
良くも悪くも、アビーさんはティナと弟子の姿を重ねているのだ。
弟子がアビーさんの元に帰ってくれば、ティナはアビーさんと弟子の間にある絆を目の当たりにして居づらくなると思うのだが。
……サディアスはむしろ、その未来を狙っているような気がしてならない。
「チッ、再会させようにも、まるっきり手がかりのない平民を見つけるのは至難の業だな」
「おい、悪人の顔してるぞ。何を企んでいる?」
「うるさいな。疑り深いと縁談がまとまらないぞ」
「どうして俺が焦って婚約者を探している設定になってるんだよ」
突っ込んだところでサディアスは気にも留めてくれず、投げやりに溜息をつく。もともと返事を期待したわけではないけれど。
「フェリシア……ねぇ。祭りと同じ名前をつけやがって」
零す愚痴も投げやりだ。このままダラダラと文句を聞く破目になるのは御免だと思い、執務机に向かう。
王家の紋章が施された封蝋を目にして、ある報せのことを思い出した。
「そう言えば、今年はエレイン殿下と新しい聖女様がここに来るらしいぞ」
「……は?」
「なんでも、聖女様は外の世界を知っていた方が良いと言ってエレイン殿下が直々にお連れするそうだ。で、聖女様との親睦を深めるために騎士団の連中も一緒に来るってよ」
「ティナが聖女になった時はそんなことしなかったぞ。あんのクソガキ、何を企んでいやがる」
「おい、エレイン殿下に対して不敬だぞ」
オルキデア王国の第一王女エレイン殿下は、騎士団の騎士たちからティナの活躍を聞いているうちにティナに対して憧れを抱き、ティナに会うために神殿を訪れ、実の姉のように慕うようになった。
ティナもそんなエレイン殿下を妹のように可愛がっており、王女と聖女が仲良く話している様子を周囲は微笑ましく見守っていた。
ただ一人、サディアスだけは「気に入らない」と言わんばかりに二人の間に割って入り、話を妨害していたのだ。
そのせいかエレイン殿下もサディアスを敵とみなしていて、二人は熾烈な戦いを繰り広げてきた。
そんな、出会えば火花を散らしてきた二人がこの地で再会しようとしているのだ。厄介事が増えるような気がして仕方がなく、早くも胃が痛い。
ウチの領地に来るの、止めて欲しいな。
喧嘩なら外でやってくれないかな。
俺の領民たちを巻き込むなよ。
俺は両手を胸の前に組んで、女神様に慈悲を求めた。
仕事に就いてからのティナは街の住民たちとの交流が広がり、楽しくやっているようだ。
ティナは神殿の外での生活を知らないから心配していたが、それは杞憂だったようで、ひとまず安心した。
叶うものなら俺がティナと街の住民たちの架け橋になりたいと思っていたが――この男が早急に現れたものだから、できなくなったんだよな。
「雷に怯えているティナは相変わらず可愛かった」
サディアスは俺の執務室に現れたかと思うと、長椅子に深く腰掛け、ティナを抱きしめていた時の余韻に浸る表情で昨晩のことを語っている。
小一時間はこの話しているのではないだろうか。わざわざ自慢しに来たのなら帰ってもらいたい。
「へぇ……雷は鳴るわ誰かさんに家の扉を壊されるわで、ティナにとっては災難だったな」
ティナには心から同情する。
よもや隣に居る男が、雷に怯えているティナを見て舌なめずりしているだなんて、思ってもみなかっただろうに。
サディアスは昔から、嵐の日は執拗なほどティナにくっついている。
護衛騎士だった頃もオネエのふりをしてベタベタとティナに抱きついては、雷が止むまでくっついていたのだから実にタチが悪い。
神殿の連中も騎士団の連中も騙されていて、サディアスは女性に興味がないとばかりに思っていたから誰も止めなかったのだ。
「サディアス、早く用件を言え。俺は忙しいんだよ」
こっちは差し迫ったフェリシアの祭日に向けてやることが盛りだくさんだというのに、延々と自慢話を聞かされてはたまったもんじゃない。
じろりと睨めばサディアスは意味ありげに笑い、そこはかとなく悪い予感がして背筋が凍った。
「ああ、ブラックウェル伯爵は婚約者探しで忙しいらしいな?」
「そうだよ。誰かさんのおかげで毎日大量の釣り書きがここに押し寄せているよ」
「モテる男は大変だな」
「しらばっくれるな! お前が王国中の家門に手紙を送って俺を勧めていると聞いたぞ?!」
「で、アビゲイルとかいう女の弟子の情報は集まったか?」
「……アビーさんの弟子のことは、やっぱあんまり残ってねぇんだよ」
ティナが気にかけているから調べてみたが、これと言って手がかりになるような情報を見つけられなかった。
そもそも、問題の人物は平民で家名がなく、とりわけ大きな功績を残したわけでもないため、戸籍以外の資料なんて存在しない。
残されているのはアビーさんの養女としての戸籍の記録と、街の人々の頭の中にある記憶のみ。
アビーさんはその弟子にフェリシアと名付け、我が子のように可愛がっていたそうだ。
「酒場に集まるじーさんたちに聞いてみたら、その弟子はフェリシアって名前で、治癒魔法が使えたらしい。それ以外の情報はさっぱりだ。誰も行方を知らないみたいだな」
正直に言うと、情報が集まらなくてホッとしている。
ティナはアビーさんを励ますため、弟子の身代わりになろうとして「自分とよく似ている弟子」のことを調べているようだけれど、万が一、彼女の居場所を知ってしまえばティナはどうするつもりなのだろうか。
ティナの事だからきっと、アビーさんと弟子を合わせて仲直りさせようと奔走するに違いない。
そんなことをすればティナが肩身が狭い思いをすることになるのかもしれないというのに。
良くも悪くも、アビーさんはティナと弟子の姿を重ねているのだ。
弟子がアビーさんの元に帰ってくれば、ティナはアビーさんと弟子の間にある絆を目の当たりにして居づらくなると思うのだが。
……サディアスはむしろ、その未来を狙っているような気がしてならない。
「チッ、再会させようにも、まるっきり手がかりのない平民を見つけるのは至難の業だな」
「おい、悪人の顔してるぞ。何を企んでいる?」
「うるさいな。疑り深いと縁談がまとまらないぞ」
「どうして俺が焦って婚約者を探している設定になってるんだよ」
突っ込んだところでサディアスは気にも留めてくれず、投げやりに溜息をつく。もともと返事を期待したわけではないけれど。
「フェリシア……ねぇ。祭りと同じ名前をつけやがって」
零す愚痴も投げやりだ。このままダラダラと文句を聞く破目になるのは御免だと思い、執務机に向かう。
王家の紋章が施された封蝋を目にして、ある報せのことを思い出した。
「そう言えば、今年はエレイン殿下と新しい聖女様がここに来るらしいぞ」
「……は?」
「なんでも、聖女様は外の世界を知っていた方が良いと言ってエレイン殿下が直々にお連れするそうだ。で、聖女様との親睦を深めるために騎士団の連中も一緒に来るってよ」
「ティナが聖女になった時はそんなことしなかったぞ。あんのクソガキ、何を企んでいやがる」
「おい、エレイン殿下に対して不敬だぞ」
オルキデア王国の第一王女エレイン殿下は、騎士団の騎士たちからティナの活躍を聞いているうちにティナに対して憧れを抱き、ティナに会うために神殿を訪れ、実の姉のように慕うようになった。
ティナもそんなエレイン殿下を妹のように可愛がっており、王女と聖女が仲良く話している様子を周囲は微笑ましく見守っていた。
ただ一人、サディアスだけは「気に入らない」と言わんばかりに二人の間に割って入り、話を妨害していたのだ。
そのせいかエレイン殿下もサディアスを敵とみなしていて、二人は熾烈な戦いを繰り広げてきた。
そんな、出会えば火花を散らしてきた二人がこの地で再会しようとしているのだ。厄介事が増えるような気がして仕方がなく、早くも胃が痛い。
ウチの領地に来るの、止めて欲しいな。
喧嘩なら外でやってくれないかな。
俺の領民たちを巻き込むなよ。
俺は両手を胸の前に組んで、女神様に慈悲を求めた。