不器用(元)聖女は(元)オネエ騎士さまに溺愛されている
第4話 そのオネエ、超絶器用につき
私の新しい生活拠点、ブラックウェル領フローレス。ここは領地の中で一番大きな街で、一年を通して美しい花に彩られている。
そんな美しい街にある集合住宅の一室で、今宵もまた、おぞましい物体が生成されてしまった。
それは黒く、不可解な形をしていて、焦げ臭い。
「う~ん、どうしよう」
私は目の前に横たわる暗黒物質を目の前にして途方に暮れた。
今日の夕食になる予定だった暗黒物質は、どこからどう見ても食べられなさそうなのだ。
一人暮らしを始めてはや一週間。私はフローレスの西側にある集合住宅の部屋を借りて新しい生活を始めた。
新居は大通りに面した一室で見晴らしがよく、窓辺の椅子に腰かけて読書をしたり趣味のぬいぐるみ作りをしたりと、のんびりと過ごしている。
住む場所が決まり順調なスタートを切ったと思いきや、自炊の壁に直面してしまったのだ。
「捨てるのはもったいないけど、食べたら確実にお腹壊しそう……」
本来なら食堂で食べたことのある鶏肉の香草焼き~旬の彩り野菜を添えて~が完成するはずだったのに、ふと目を離した隙にこの様だ。
目を離したと言っても、くしゃみ一つするのに顔を横に向けたくらいで一分も経たなかったのに、見てみると材料たちは見事に原形をとどめていなかった。
「料理って本当に難しい。神殿のシスターたちって、本職じゃないのになんで料理ができたんだろ? 才能?」
神殿にいた頃はシスターたちが食事を用意してくれていた。質素だけど栄養たっぷりのご飯をいつも作ってくれていたのだ。
料理が難しいなんて、思ってもみなかった。だって食堂の女将さんなんて、世間話をしながら料理していたくらいだし、その気になれば誰でもできるものだと侮っていた。
「天におわします女神様、罪なき命を禍々しい物体に変えてしまった罪深き私をお許しください」
食べられないのなら仕方がないとわりきり、戸棚から新しいお皿を取り出して、朝食用に買っておいた白パンとチーズを並べる。
「今晩もこのメニューか。明日こそちゃんとした料理が食べられたらいいんだけど」
溜息をつきながらコップに牛乳を注ぎ、椅子に座る。テーブルの上に並べられた食事を見て、なんとも情けない気持ちになった。
サディアスに生活力ゼロと言われたのが悔しくて料理を始めたけれど、この部屋に住み始めてからというもの、人間が食べられる物を作れた試しが一度もないから落ち込んでいる。
「……そう言えば、サディアスは食事をどうしてるんだろ?」
チラッと隣の部屋の壁を見つめてみる。実はこの隣の部屋にサディアスが住んでいるのだ。
貴族のくせに平民に交じって生活を始めたサディアスが、記念すべきお隣さん第一号になってしまった。
「さすがに料理はしてないよね」
貴族のサディアスが自炊しているとは思えない。おそらくレストランや酒場で済ませているのだろう。
フローレスでの生活が始まって二~三日はサディアスと外食していたけれど、一緒に行くとサディアスが私の分まで支払おうとするから気が引けて、それ以来は一緒に行っていない。
「サディアスの部屋の台所には何も置いてなさそう」
そんな偏見じみた呟きを溢してパンに齧りついていると、扉を叩く音が聞こえてきた。
「ティナ~! ここを開けて~!」
続いて上機嫌のサディアスの声が聞こえてくる。
一体何の用だろうと首を傾げつつ扉を開けると、フリッフリの白いエプロンをつけたサディアスが目の前に立っている。しかもその手には鍋掴みをつけていて、大きなパイ皿を持っているのだ。
「ど、どうしたのその恰好?!」
ふんだんにあしらわれたフリルはサディアスが動くたびに揺れるほど大きく、私では絶対に着こなせないであろう代物をいとも簡単に着こなしているサディアスが恨めしい。
「夕食を作りすぎちゃったからティナと一緒に食べよーと思ってぇ~。ほらほら、熱いうちが美味しいからさっさと食べるわよ。お邪魔しま~す!」
「い、いらない! 私、もう晩ごはん食べたからお腹に入らないもん!」
扉の前に仁王立ちになり、私と扉の間をすり抜けようとするサディアスを止めると、サディアスは唇を尖らせて抗議する。
「んもう! ティナは育ちざかりなんだからいっぱい食べなさい!」
「私は成人してますが?!」
「まだまだ伸びしろがあるわ。いっぱい食べて早く大きくなるのよ」
「チビって言いたいの?! サディアスの背が高すぎるんだって!」
グイグイと押してくるサディアスを渾身の力で押し返そうとしても、力ではサディアスに敵わない。
「もったいないわぁ~。せっかく頂いた命の恵みを、ティナは無駄にするつもりなのぉ? それでも元聖女ぉ?」
「余ったら明日の分にすればいいじゃない」
「んもう、わかってないわね。美味しく楽しく食事するのが命への感謝ってもんよ? 冷めちゃった料理を一人でつついてたってちっとも感謝する気になれないでしょ?」
サディアスはそう言うと、いきなり私の頬にキスをする。頬に触れる柔らかい感触にビクリとして身を竦めると、その隙に部屋の中に入られてしまった。サディアスの唇が触れた感覚が頬に残り、心臓が大きな音を立てて脈を打つ。
しかしサディアスの叫び声が聞こえて来て、耳に届く心臓の音を掻き消した。
「やだーっ! 台所に魔物みたいなのがいるわよっ! ティナ、アタシの部屋から剣を持ってきて!」
台所にいる魔物。それはきっと、私の失敗作の事だ。黒く煤の塊みたいな姿をしているのは、確かに魔物と似ているけど……似ているけど、認めたくない。
「う、うるさいっ! 早く部屋から出て行って!」
怒ってもサディアスには全く効いてなくて、サディアスは勝手に戸棚から皿を取り出して晩ごはんの支度を始めるのだった。
そんな美しい街にある集合住宅の一室で、今宵もまた、おぞましい物体が生成されてしまった。
それは黒く、不可解な形をしていて、焦げ臭い。
「う~ん、どうしよう」
私は目の前に横たわる暗黒物質を目の前にして途方に暮れた。
今日の夕食になる予定だった暗黒物質は、どこからどう見ても食べられなさそうなのだ。
一人暮らしを始めてはや一週間。私はフローレスの西側にある集合住宅の部屋を借りて新しい生活を始めた。
新居は大通りに面した一室で見晴らしがよく、窓辺の椅子に腰かけて読書をしたり趣味のぬいぐるみ作りをしたりと、のんびりと過ごしている。
住む場所が決まり順調なスタートを切ったと思いきや、自炊の壁に直面してしまったのだ。
「捨てるのはもったいないけど、食べたら確実にお腹壊しそう……」
本来なら食堂で食べたことのある鶏肉の香草焼き~旬の彩り野菜を添えて~が完成するはずだったのに、ふと目を離した隙にこの様だ。
目を離したと言っても、くしゃみ一つするのに顔を横に向けたくらいで一分も経たなかったのに、見てみると材料たちは見事に原形をとどめていなかった。
「料理って本当に難しい。神殿のシスターたちって、本職じゃないのになんで料理ができたんだろ? 才能?」
神殿にいた頃はシスターたちが食事を用意してくれていた。質素だけど栄養たっぷりのご飯をいつも作ってくれていたのだ。
料理が難しいなんて、思ってもみなかった。だって食堂の女将さんなんて、世間話をしながら料理していたくらいだし、その気になれば誰でもできるものだと侮っていた。
「天におわします女神様、罪なき命を禍々しい物体に変えてしまった罪深き私をお許しください」
食べられないのなら仕方がないとわりきり、戸棚から新しいお皿を取り出して、朝食用に買っておいた白パンとチーズを並べる。
「今晩もこのメニューか。明日こそちゃんとした料理が食べられたらいいんだけど」
溜息をつきながらコップに牛乳を注ぎ、椅子に座る。テーブルの上に並べられた食事を見て、なんとも情けない気持ちになった。
サディアスに生活力ゼロと言われたのが悔しくて料理を始めたけれど、この部屋に住み始めてからというもの、人間が食べられる物を作れた試しが一度もないから落ち込んでいる。
「……そう言えば、サディアスは食事をどうしてるんだろ?」
チラッと隣の部屋の壁を見つめてみる。実はこの隣の部屋にサディアスが住んでいるのだ。
貴族のくせに平民に交じって生活を始めたサディアスが、記念すべきお隣さん第一号になってしまった。
「さすがに料理はしてないよね」
貴族のサディアスが自炊しているとは思えない。おそらくレストランや酒場で済ませているのだろう。
フローレスでの生活が始まって二~三日はサディアスと外食していたけれど、一緒に行くとサディアスが私の分まで支払おうとするから気が引けて、それ以来は一緒に行っていない。
「サディアスの部屋の台所には何も置いてなさそう」
そんな偏見じみた呟きを溢してパンに齧りついていると、扉を叩く音が聞こえてきた。
「ティナ~! ここを開けて~!」
続いて上機嫌のサディアスの声が聞こえてくる。
一体何の用だろうと首を傾げつつ扉を開けると、フリッフリの白いエプロンをつけたサディアスが目の前に立っている。しかもその手には鍋掴みをつけていて、大きなパイ皿を持っているのだ。
「ど、どうしたのその恰好?!」
ふんだんにあしらわれたフリルはサディアスが動くたびに揺れるほど大きく、私では絶対に着こなせないであろう代物をいとも簡単に着こなしているサディアスが恨めしい。
「夕食を作りすぎちゃったからティナと一緒に食べよーと思ってぇ~。ほらほら、熱いうちが美味しいからさっさと食べるわよ。お邪魔しま~す!」
「い、いらない! 私、もう晩ごはん食べたからお腹に入らないもん!」
扉の前に仁王立ちになり、私と扉の間をすり抜けようとするサディアスを止めると、サディアスは唇を尖らせて抗議する。
「んもう! ティナは育ちざかりなんだからいっぱい食べなさい!」
「私は成人してますが?!」
「まだまだ伸びしろがあるわ。いっぱい食べて早く大きくなるのよ」
「チビって言いたいの?! サディアスの背が高すぎるんだって!」
グイグイと押してくるサディアスを渾身の力で押し返そうとしても、力ではサディアスに敵わない。
「もったいないわぁ~。せっかく頂いた命の恵みを、ティナは無駄にするつもりなのぉ? それでも元聖女ぉ?」
「余ったら明日の分にすればいいじゃない」
「んもう、わかってないわね。美味しく楽しく食事するのが命への感謝ってもんよ? 冷めちゃった料理を一人でつついてたってちっとも感謝する気になれないでしょ?」
サディアスはそう言うと、いきなり私の頬にキスをする。頬に触れる柔らかい感触にビクリとして身を竦めると、その隙に部屋の中に入られてしまった。サディアスの唇が触れた感覚が頬に残り、心臓が大きな音を立てて脈を打つ。
しかしサディアスの叫び声が聞こえて来て、耳に届く心臓の音を掻き消した。
「やだーっ! 台所に魔物みたいなのがいるわよっ! ティナ、アタシの部屋から剣を持ってきて!」
台所にいる魔物。それはきっと、私の失敗作の事だ。黒く煤の塊みたいな姿をしているのは、確かに魔物と似ているけど……似ているけど、認めたくない。
「う、うるさいっ! 早く部屋から出て行って!」
怒ってもサディアスには全く効いてなくて、サディアスは勝手に戸棚から皿を取り出して晩ごはんの支度を始めるのだった。