侯爵夫人の復讐

「犯人はあなたなのね、キルア! わたくしのお気に入りのルビーのネックレス、あなたの部屋で見つかったわよ!」


 怒りの形相で喚き散らす義母に向かって、キルアは深く頭を下げた。
 義母のネックレスがキルアの部屋で見つかったことは本当だ。

 だが、決して盗んではいない。


 ザグール侯爵家に嫁いでから3ヵ月。
 キルアはずっと使用人たちから嫌がらせを受けている。
 熱いお茶をかけられたり、不味い食事を出されたりという地味な嫌がらせだった。

 しかし、最近はキルアが盗みをしているという噂が広がっている。


 これまで幾度となく自分はやっていない、と主張してきたが、決して信じてもらえなかった。
 むしろ、言い逃れをしようとしているなどと難癖つけられて余計に事が大きくなる。


 義母はただ、八つ当たりがしたいだけ。
 こういうときは、黙って頭を下げるのが一番いい。



「申しわけございません、お義母(かあ)さま」
「顔をお上げなさい!」


 そう言われて、キルアはゆっくりと顔を上げた。
 その瞬間、バシンッと右頬に衝撃が走った。


「この盗人! なんて汚い子でしょうね。こんな子がうちのデリーの嫁だなんて信じられないわ!」


 ものすごい剣幕で怒鳴りつける義母に対し、キルアは反撃しない。

 義母の平手打ちはこれが初めてではなかった。
 気に入らないことがあるとキルアに暴言を吐き、たまに暴力もあるのだ。


「あなたはこの侯爵家の嫁という立場を理解していないのかしらね。デリーもなぜこのような汚い娘を嫁にしたのか、甚だ理解に苦しむわ」


 キルアは義母の怒りが収まるまで、ひたすら頭を下げる。
 そんな義母をなだめるのは、いつも義父だった。


「そのくらいでいいだろう? キルアは両親を亡くして可哀想な身だ。精神が不安定なんだろう。これくらいのことは許してあげなさい」
「あ、あなた! 何をおっしゃるの? あなたもデリーもこの子に騙されているのよ! こんな意地汚い子、さっさと離縁させたいくらいだわ」


 ずっと頭を垂れていたキルアは義母にしおらしく懇願した。


「お義母さま、どうかお許しください。私はこの家を追い出されたら行く場所がありません」


 キルアの謝罪に対し、義母はふんっと鼻を鳴らした。


「身の程をわきまえるべきよ」
「どうすればよろしいのでしょうか?」

 キルアが訊ねると義母はにやりと笑って答えた。


「あなたの宝石を出しなさい。公爵さまからいただいた物があるでしょう?」
「あれは結婚のお祝いにいただいたものです」
「だから何? パーティに出席しないあなたには必要ないでしょう? わたくしが代わりに使ってあげるから」


 義母の表情はひどく歪んでおり、まるでチョコレートがマーブル状に溶けているようだ、とキルアは思った。


「あなたなんてね、本当は使用人にしてやりたいくらいなのよ。だけどデリーが選んだ相手だから仕方なく夫人にしてあげてるの。まったくデリーもどうしてこんな器量の悪い娘を嫁にしたのか」


 キルアは黙って(こうべ)を垂れたまま、義母の話を聞き流す。


「いいこと? あなたは病弱でこの屋敷から出られない妻ということになっているのだから、出しゃばらないでちょうだい」


 キルアは顔を上げて姿勢を正し、義母をまっすぐ見据えた。
 その表情は怯えているわけでもなく、感情をどこかに落としたような冷たいものだった。


「わきまえております。お義母(かあ)さま」
「ふんっ! 気分が悪いわ。お茶とお菓子を用意しなさい。私の部屋に持ってくるのよ」


 義母が命令すると使用人がすぐさまキッチンへと小走りで向かった。



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