不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される
(だ、誰――この金髪お色気美人さんは――?)
わたしは、テオドール様に抱き着いた女性の姿を見て、びっくりしてしまった。
金色のゆるやかな巻き髪に、少しだけつった碧色の瞳。そして、ローブ越しにも分かる大きい胸にくびれた腰……。
テオドール様から手を離した私は、両手で自分のまな板のような胸を触って落ち込んでしまった。
「アーレス様、離れてくれませんか?」
テオドールが促すと、アーレスと呼ばれた女性は、彼の身体から離れた。
「せっかくテオドール伯爵が研究所に現れたのに――ご挨拶ですこと……」
少し寂しそうにアーレスと呼ばれた女性は答えた。
優雅な物腰に、ゆったりとした話し方、それにテオドールが敬語を使っている様子からして、彼女はおそらく高い爵位にある方の令嬢か何かなのだろう。
わたしがアーレス様を見ていると、彼女も私の方を見てきた。
(ちょっとだけ、つった碧色の瞳……どことなく見たことがあるような……?)
そうして彼女は、テオドールに視線を移して問いかけた。
「こちらのお嬢さんは、あなたの使用人ですか――?」
(や、やっぱり、使用人としか思われなかった――!)
すぐに自分がただの使用人だと、アーレス様にはばれてしまった。
どうしようかと、わたしが慌てふためいていると――。
「アーレス様、彼女はただの使用人ではありません。私の恋人になります――」
テオドール様がきっぱりとそう言い切った。
(直球――そして、使用人というところは否定しなかった――)
「恋人? 着飾ってはいますが、どうみても平民でしょう? お妾さんにするのですか?」
アーレス様は、ずばずばとテオドール様に向かって口にする。
(うう……手厳しい……妾とか、なりたくないよ~~)
わたしの胸にぐさぐさとアーレス様の言葉が刺さって辛くて仕方がない。
落ち込んでいると――。
「私は、彼女を妾にするつもりはない」
「でしたら、遊びでして――? おかわいそうですわ」
「違います、正式な妻として迎える予定です――」
テオドール様の言葉に、アーレス様は怪訝な表情を浮かべていた。
「貴族は平民を側妻にしか出来ませんことよ」
そんな中、研究所の奥にいる男性魔術師から、彼女に声がかかった。
「ごめんあそばせ、実験の途中でしてよ――それでは――」
そういうと、アーレスは建物の奥へと消えていった。
(あまり、納得はされていなかったわね……)
テオドール様がため息をついている。
「あの、もしかしてあの方が、例の――?」
「そうだ、変な女だ――爵位が上というか――そもそもどうして、私に絡んでくるのか、目的が不明瞭なんだ」
「その、テオドール様に、こ、こ、こ、恋をされているのでは――?」
わたしの声がついつい上ずってしまった。
「そうではない気が、なんとなくするんだ――」
うんざりした表情をテオドール様は浮かべて、こめかみを指で叩いていた。
「そうではない――?」
それ以外の理由で異性に抱き着くのは、どういう理由だろうか――?
(テオドール様が、鈍いだけなんじゃ……)
そこで、私ははっとなった。
(そういえば、オルガノさんどこに行ったの――?)
途中まで一緒だったはずだが、周囲を見渡しても、彼の姿は見当たらなかった。
「アリア、すまない。私は上の階にいる魔術師長様にあいさつにいかないといけない――少し、このフロアのソファにでも腰かけて待っていてはくれないか――?」
「は、はい。わかりました。テオドール様、お気をつけて――」
そうして、わたしは広いフロアで一人きりになった。
手持ちぶさたになってしまったので、どうやって時間をつぶそうかなと、うろうろと歩きまわっていると――。
魔術研究所の扉が開いた――。
逆光で、誰が入ってきたのかは良く見えない。
目が慣れるまで、少しだけ時間がかかる――。
「あら? あなた、ネロさんの妹さんではない――?」
中に入ってきた人物が私に向かって声をかけてくる――。
そこに立っていたのは――。
生成り色の綿モスリンで出来た豪奢なドレスに、赤いカシミアショールを羽織った女性。亜麻色の長い髪をしていて、愛らしい顔立ちに丸くて大きな黄金の瞳がきらきらと輝いている。
「そうでしょう――?」
平民にも気さくに声をかけてくれる、優しい雰囲気の同年代の女性の正体は――。
「女王陛下――」
この国の女王陛下ティエラ・オルビス・クラシオン様だったのでした――。