不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される
この数日間――。
わたしはまたテオドール様に連れられて、城に中庭にある魔術研究所に来ている。
相変わらず、テオドール様は馬車酔いしていた。
ちなみに、初日以外はオルガノさんは一緒ではない。
この数日、金髪碧目の美人・アーレス様には、会うたびになぜか睨まれてしまっていた。
「そんなに時間はかかわらないから――」
そうテオドール様に言い残され、わたしは昨日と同じく正面玄関目のフロアで待つことになった。
わたしはふかふかの紅いソファに座って、目の前にある木でできたテーブルに、そっと緑色の包みを置いた。
(そういえば、今日はなんとかお弁当を作るのに成功? したんだった……成功?)
ちょうどもうすぐ昼になる。
屋敷に帰ってから昼ご飯をとっても良かったが、それだと食べるのが遅くなってしまう。
そのため、わたしは太陽が昇る頃の前からお弁当作りに挑戦した。
卵は焦げるし、野菜の飛沫は顔にかかるし、水差しはひっくり返すしで、散々だったけれど、なんとか出かける直前に完成させることが出来た。
この間の料理よりも食べれるはずだ。
おむすびを何個かと、鶏の肉を揚げたものを入れただけだが……。
(油を扱うなんて、至難の業だったわ……)
緑色の包みに入った二人分のお弁当を見ながら、悪戦苦闘した朝の調理場に想いを馳せる――。
そんななか――。
「べ、弁当がない……し、死ぬ……」
ピンクの髪に、眼鏡をかけた糸目の男の人が、ふらふらとした足取りで現れました――。
「あ、あの……大丈夫ですか――?」
私は、その男性に声をかけてみた。
「え? ああ、まあ。今日は、彼女が怒ってまして……いつもなら弁当を作ってくれるんですけど、今日は作ってくれなかったんですよ~~」
男の人は困っているのか惚気ているのか分からない調子で、わたしに事情を話してきた。
「でしたら、どうですか――? 二つあるうちの一つ。食べれはするかと思うんですけど――」
そう言って、私は緑色の包みからおむすびを一つ手渡した。
「え? いいんですか~~?」
「はい、どうぞ――」
私がおむすびを手渡すと、男性はおいしそうにたいらげてしまった。
(糸目だからわかりづらいけれど、喜んでる……)
「お嬢さん、本当に感謝ですよ~~! これで午後も乗り切れます!」
(少し間の抜けた喋り方をする男性だな……)
「じゃあ、僕はこれで~~この御恩、いつかお返ししますね、マリアさん」
そう言って、糸目の男性は去って行った。
(あれ? わたし、名前を教えたかしら――?)
不思議に思っていると――。
「すまない、アリア。屋敷に帰ろうか――?」
黒髪に菫色の瞳をした、わたしの主人であるテオドール様が現れた。
彼がわたしに向かって、手を差し出してくる――。
わたしは頬を赤らめながら、彼の手を取った。
アーレス様に対して。恋人同士に見せたいらしい。魔術研究所に出入りするときには、必ず手を繋ぐようにしていた。
(何回つないでも、なれないよ~~)
いつまで経っても、わたしは手をつなぐのに慣れなかった。
だけど、テオドール様の表情は涼し気で――。
(なんだろう? 女性に慣れてるのかな、とか考えたら……なんでだか、もやもやしてしまう――)
手を引かれながら考えていると、わたしはあることに気づいた――。
「あ! お弁当!」
わたしは緑色の包みを、テーブルの上に置き忘れていることに気づいた。
「テオドール様、ちょっと失礼いたします」
わたしは、彼の手をふりほどいて、慌てて魔術研究所に戻った。
正面玄関を抜け、フロアのテーブルに近づくと――。
「あれ――?」
そこには確かにお弁当箱は二つあったのだが、包んでいたはずの緑色の包みがなくなってしまっていた――。
「あれ? どこ行ったかな――?」
テーブルの周囲を何度探しても見つからない。
(テオドール様を待たせてはいけないわ――)
そう思ったわたしは、慌ててお弁当箱だけを抱きかかえることにした。
その時――。
「きゃっ――」
「ごめん遊ばせ――」
金髪美人のアーレス様が私にぶつかって、そのまま走り去ってしまった――。
(急いでた――? お弁当落とさなくて良かった)
そうして、わたしは魔術研究所をあとにした。
その時は、まさか、緑色の包みが事件に発展するなんて思いもせずに――。