不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される
「テオドール様が、剣の守護者様を避ける理由って――?」
わたしは、突然現れたオルガノさんに声をかけた。
「ふふふ、それは――」
彼は、なんだかすごくもったいぶった言い回しをしてきた。
「それは――?」
ごくりとわたしは唾を飲み込む――。
オルガノさんは口を半開きにしたまま、話してくれない――。
「それは――」
アーレス様と、剣の守護者様と女王陛下も、オルガノさんが話し出すのを待った。
そうして、オルガノさんが口にしたのは――。
「さすがに、城では話せません!!!!」
「はい!?」
わたしはオルガノさんの返答に拍子抜けしてしまった。
そうして彼は、わたしに話しかけてくる。
「まあまあ、アリアさん。こういう時のテオドール様は、城の庭にある池のほとりの桟橋でたそがれていますから、ぜひ会いに行かれてください!!!」
「へ――?」
「良いからはやく――」
そう言って。オルガノさんはぐいぐい、わたしの背中を押してきた。
そうして、正面玄関から放り出される。
「坊ちゃんのところに、行ってらっしゃい!!!」
そういわれて、わたしは庭にある池のほとりの桟橋に向かうことになった――。
※※※
しばらく歩くと、オルガノさんが言った通り、中庭にある桟橋にテオドール様はもたれかかっていた。彼はぼんやりと池を眺めている。
「あの、テオドール様……」
わたしが声をかけると、はっとした様子で彼はこちらを見てきた。
「ああ、アリアか……」
(やっぱり、テオドール様の中でわたしはマリアではなくアリアだわ……)
そうして、少し寂しそうに彼は話し始める。
「お前は、剣の守護者と知り合いだったのだな……」
(やっぱり、テオドール様は剣の守護者様のことが嫌いなの?)
わたしはテオドール様の隣に立つ。
「……その、アリアは剣の守護者のことを、どう思っている?」
突然の予想外の質問が、彼の口から飛び出してきた。
わたしはびっくりしてしまう。
「その、剣の守護者様はお兄ちゃんのお友達なんです……別になんとも思ってません」
(本当は、ずっと好きだったんだけど……)
なんだか、そのことをテオドールに話すのは気が引けた。
(それに、なんだか最近は――)
わたしは、テオドール様の綺麗な菫色の瞳に視線を奪われる。
(剣の守護者様よりも、テオドール様のことばかり考えてしまう……)
わたしの視線に気づいたのか、彼はこちらを見た。
そうしてぽつぽつと、彼はわたしに話を切り出した。
「私にはかつて、婚約者がいた――」
(え――?)
なんだかわたしの胸に、ずんと重しが乗ったみたいな感覚が襲ってきた。
「彼女とは幼い頃からの政略結婚だったが、そこそこ仲は良かった。私も、将来彼女と添い遂げるのだろうと漠然と思っていた――」
わたしと手を繋いだりする時に、涼し気な表情をしていたテオドール様のことを思い出した。
(なんだろう……胸が苦しい……テオドール様、婚約者の人と手を繋いだりしていたのかな……)
「だが、お前も知っているだろうが、私の父が他国へ武器や食料を横流ししていたことが判明して、辺境の地に飛ばされてしまった。そうしたところ、彼女と婚約破棄することになった」
(事件でテオドール様が失ったのは、家族だけじゃなくて、好きな人まで……)
彼は話を続ける。
「彼女は私と婚約破棄になったことを悲しんでいた……私も悲しくて仕方なかった……私は彼女を少なからず想っていたから……ある時、彼女が剣の守護者と見合いをするという話を聞いた」
(テオドール様の元婚約者さんと、剣の守護者様がお見合い――)
しかしながら、彼女と剣の守護者様の見合いがうまくいっていないのは明白だ――。
「彼女は本意ではないのではないか、いやいや見合いをさせられているんじゃないかと……私は彼女に一目会いたくて、彼女の屋敷をのぞきに行ったんだ――だが――」
テオドール様の寂しそうな表情が、わたしの胸を苦しくさせる。
「庭で令嬢たちと会話をしていた彼女が言っていたんだ――」
「何を、ですか――?」
「『テオドールは暗くて嫌だったのよ、やっぱり剣の守護者様みたいに地位も名誉も、能力も全て持っている男性が良いわ。爵位の下がったテオドールには用はない』と――」
テオドール様があまりにも寂しそうに話すから――。
なんだか、わたしまで悲しくなってきてしまった。
彼になんて声をかけて良いか分からない――。
「人と会うのが怖くなってしまって、結局城にもお前が一緒でやっと来れた始末だ――彼女の言うように、暗い人間でしかない――アリア――?」
気づいたら、わたしはテオドール様の身体を抱きしめていた。
「テオドール様はテオドール様です。お父様が悪いことをしたとしても、お姉様が怖い人だったとしても、元・婚約者のかたからしたら暗い人に見えたのだとしても――わたしには、テオドール様はとても優しくて素敵な人に見えます――」
「アリア――」
テオドール様の手がゆっくりと、わたしの肩に伸びる――。
そうして、彼はわたしの身体を抱き寄せた――。
「お前は、彼女とは違うと、信じても良いだろうか――」
私の胸のドキドキが強くなっていく――。
(人間嫌いになってしまったテオドール様……でもわたしは――)
「わたしは、主人であるテオドール様のことを裏切るような真似はいたしません」
「主人、か――」
テオドール様がぽつりと呟く――。
「今はまだ、それで良い――」
「今、なんて仰いましたか?」
「聞こえていないなら、それで良い――」
テオドール様が、わたしを抱き締める力が強くなる。
そうしてしばらく、わたしはテオドール様に抱きしめられたまま過ごした。
池の水が太陽の光を反射して、きらきらと輝いていて――。
まるで、私たちの未来を祝福しているかのように、その時のわたしは思っていたのでした――。