不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される
第3章 悪役令嬢なお姉さま、襲来
わたしはピストリークス伯爵家の屋敷に戻って、またメイドとして働き始めた。
変な女――アーレス様問題は片付いたので、もう伯爵家への住み込みのバイトを続ける必要はなかったのだけれど――。
(まだテオドール様のそばにいたいと思ってしまった……)
彼も、わたしがまだメイドとして働きたいなら雇い続けて良いと話してくれた。
この間、城の池でテオドール様と抱きしめあった時の事を思い出すと恥ずかしくなってしまう。
あれ以来、時々テオドール様と目が合うことがある。
今まで無表情に近かった彼が、わたしを見ると柔らかく微笑むようになっていた。
笑いかけられて嬉しいはずなのに、わたしは恥ずかしくなって視線をそらしてしまっている。
(わたしは、やっぱりテオドール様のこと……)
彼のことを考えると、胸がどきどきしてしまう。
それと同時に、彼が元婚約者の令嬢のことを今も忘れられないのではないかと考えてしまい、胸が苦しくなった。
(手を、つないだりしてたのかな……)
わたしと手をつないでも、なんとも思っていなさそうなテオドール様のことを思い出す。
そんなわたしのもとに、テオドール様本人が姿を現した。
「一緒に、本の片付けをしないか――?」
そう言って、テオドール様がわたしに手を差し伸べてきた。
ちょうど、彼と元婚約者が手をつないだりしていたのかなと考えていた私は、その手をとるのに戸惑ってしまう。
「どうした――?」
「あの、テオドール様は婚約者のご令嬢と手をつないだりしてたのかな――と……」
彼は不思議そうに、わたしを見た。
「ある――それがどうかしたのか?」
一気にわたしの気持ちが沈んでいった。
「いえ、気になさらないでください――!」
私は結局、彼の手はとらずに仕事に戻ってしまったのでした――。
※※※
テオドール様と別れた後、私は竹帚を持って庭を掃除していた。
(テオドール様が元婚約者さんと手をつないだかどうかが、どうしてこんなに気になるの……?)
見ず知らずの可憐な女性とご主人様が手を繋いでいる姿を想像した。
なんだかモヤモヤとして落ち着かない。
(もう婚約者じゃないのだし、別にいいじゃない、マリアったら……!)
妄想を振り払うかのように、両手を振ったら――
竹帚とは反対側に持っていた塵取が、勢いよく手から吹っ飛んだ。
「あ……!」
とはいえ――
(周囲に誰もいなかったはずだから大丈夫!)
そう思って、塵取りが飛んでいった方角に目をやる。
その時――
「きゃあっ、なんだというの!!?」
まさか、誰もいないはずの場所なのに、女性がいるではないか!
(そそそ、そんなっ、どうして普段は誰もいないのに、こんなことが……!?)
しかも、塵取りが、黒髪の女性の頭上のお団子部分に刺さっていた。
ふるふると震える手で、女性は塵取りを回収したかと思うと、わたしのことをキッと睨んできた。
「あなたの仕業なの……?」
地を這うような低い声。
「ひっ……!」
まさか、お屋敷内で、恐るべき相手に出くわしてしまったのだった。