不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される
(ひえええええ……どうして、こんなところに人がいるの……?)
しかも黒髪の美女ではないか――
(黒髪……なんだかテオドール様の髪によく似ているような……)
地味な普段着を纏っているが、色香を隠すことは出来ていない。
ちょっとだけ釣った黒い瞳、妖艶な紅い唇。
さらさらの質感や漆黒に近い色味など、ご主人さまを髣髴とさせた。
ピン!
さすがに鈍い私でも気づく。
「まさか! テオドール様のお姉さまでは!」
「…………っ……!」
なぜかギロリと睨みつけられてしまった。
「ひえっ……!」
美人が睨むとすごみがある……。
「あ、あの、ああああ、あの……」
「新しい使用人が増えたって、おしゃべりなオルガノが言ってたわね……」
美人は腕を組むと、ふんと鼻を鳴らした。
(おそらく否定はされなかったし、テオドール様のお姉さまでお間違いないはず。それにしたって、美人で綺麗な人……)
けれども――
(テオドール様のおうちが没落した原因を作った人だったはず……)
国の噂では、修道院に行ったんだったか、どこかの老貴族に嫁いだという話ではなかったか。
その時、美人がぽつりと口を開く。
「あの子、意外とこんな可愛らしい系がタイプだったのね……」
「え?」
小さな声過ぎて聞こえなかった。
「ねえ、テオドールは元気にしてるの?」
「ええっと……はい、おそらく元気かなと……」
「だったら良いわ」
彼女の表情がふっと和らいだ。だけど、すぐに陰りを帯びる。
どことなく寂しそうなのが気になった。
(なんだろう、すごく辛そう……)
だが、キリリとした表情に戻ると、さっと彼女は懐から何かを取り出す。
キラリと何かが閃いた。
(ひええ! まさか小刀か短剣を隠し持ってた!?)
私は、慌てて両手で顔を覆い隠した。
だが――
「メイドさん、これをあの子に渡してちょうだい」
「はえええ?」
予想外の言葉が返ってきたため、両手を降ろして、相手の持ち物を確認する。
美人の掌の上にあったのは、愛らしいルーペだった。縁は銀色で覆われており、精緻な細工が施されている。
「これは……?」
「私が屋敷を出ていく前に、欲しいって言ってたものだったのよ。私からだとは言わないで渡してくれる?」
「お姉さまからだとは言ってはいけないのでしょうか?」
「ええ。お願いしている身で申し訳ないけれど、どうか。……それじゃあ」
そうして、彼女は踵を返した。
門扉に向かって歩みはじめる。
ちょうど、その時――
「姉上……」
聞き覚えのある低い声が聴こえる。
(あ……)
美人さんの前。
「テオドール……」
私のご主人であるテオドール様が立っていたのでした。