不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される


「姉上……」

「テオドール」

 屋敷の前、姉弟が対峙した。

(やっぱりテオドール様のお姉さまだったのね……!)
 
 見れば、テオドール様の顔は、怒りとも悲しみともつかない複雑な表情だ。

「今まで屋敷に姿を現わさなかったというのに、どうしてなのですか」

 すると、美人さんが伏し目がちになる。

「ふん、自分を不幸に陥れた姉の顔なんて、貴方は見たくなかったでしょう。そんなこと、わざわざ面と向かって言われなくたって、分かっています」

「姉上、俺は……」

 美人さんはテオドール様を遮った。

「わたくしも貴方のような弟には会いたくございませんでした。ここにはたまたま立ち寄っただけです。それでは、もう会うこともないでしょう」

 そうして、美人さんはテオドール様の脇をすり抜けると、正門に向かって歩きはじめた。
 テオドール様はといえば、その場で立ち止まったままだ。
 私は思わずガバリと腕にしがみついた。

「テオドール様、お姉さま、もう会うこともないって言ってますよ! 追い掛けたりしないんですか?」

 だが、テオドール様は冴えない表情のまま、岩のように動こうとしなかった。

「……俺には、姉上を追い掛ける資格がないからな」

「え?」

 何があったのかは分からないが、テオドールの表情はとても冴えないものだった。

(姉弟ケンカ中なの……?)

 察するに、事件があって数年、二人は顔を合わせてないようだった。

「俺は姉上に言ってはいけない言葉を投げかけてしまった。今更詫びても、姉上は俺のことを許してはくれないだろう。だから……」

 陽の光なのに、顔色が真っ白なテオドールに向かって、私は声をかけた。

「だったら、ちゃんと謝りましょう!」

「え?」

 テオドールが呆気にとられた表情を浮かべている。

「お二人はまだ生きています。生きている間、色んなことがあると思います。酷いこと言ったりすると思います。私も大好きなお兄ちゃんを困らせたりしたこと、あります」

「アリア……」

「だけど、ちゃんと謝ったら、もしかしたら今日は許してはもらえないかもしれない。だけど、いつか絶対に取り返しがつきますから!」

 そうして、私はテオドール様の手に、美人さんから貰ったルーペを手渡す。

「これを!」

「これは……?」

 テオドールが不思議そうにルーペを眺めた。

「じゃあ、私はお姉さまを追い掛けますから!」

「アリア!」

 そうして、門を抜けて姿を消そうとしている美人さんの背中目掛けて、私は駆けたのだった。


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