不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される
テオドール様が私の背後に立っていた。
彼は、しゃがみこむと、私のメイド服の土ぼこりを手で払ってくれる。
(気配なさすぎて、気付かなかった……)
そっと二人で一緒に立ち上がる。
なぜか手を繋がれたままなので恥ずかしい。
「姉上、俺が小さい頃に欲しがっていたルーペのこと、覚えてくださっていたのですね……」
「テオドール……たまたま持っていただけよ……」
テオドール様は続けた。
「俺は、自分だけが不幸だと思っていた時期があった。それで姉上に言ってはいけない言葉を投げかけてしまった。『姉上のせいだ』と……」
すると、美人がぎゅっと胸の前で手を握りしめた。
「本当のことですもの、仕方ありませんわ……」
「だけど、あの時、姉上だって、自分のせいで家が大変なことになっていると、相当苦しんでいたはずだった。なのに、俺は自分のことしか見えていなかった。落ち着いて謝りに行こうとしたときには、姉上は屋敷から姿を消していた」
「私がいなくなって、せいせいしたでしょう?」
「いいや。将来的な地位を失ったことや、婚約者を失ったことも堪えたが、それ以上に慕っていた姉上の存在が屋敷にいなくなったことが辛かった……当時は責任を一人だけ逃れた嫌な女だと心の中でなじったが、自分の発言のせいだと気づいて……ずっと後悔していたんだ。姉上、本当に悪いことをした。許してほしいとは言わない。だが、どうか謝るチャンスがほしい」
テオドール様は心底後悔しているようだった。
頭を下げると、しばらく顔を起こさない。
すると、美人さんがぽつぽつと語り始めた。
「……じいやとばあやから連絡が来たのです。テオドールに結婚相手ができたと」
「「け、結婚……!?」」
二人して、思わず声が裏返ってしまった。
ふと、美人が眦を指先でぬぐった。
「無口で引っ込み思案だった貴方が、随分おしゃべりになりましたこと」
そうして、美人はくるりと私たちに背を向ける。
テオドール様が顔を上げる。
「姉上……」
彼が手を伸ばした、その時――
「アリアさんでしたかしら?」
「え? 私?」
「貴女みたいなドジで風変わりな子が、テオドールの結婚相手になったのなら、テオドールの悪評を相殺してくれそうですわね」
褒めているのかけなしているのか分からない発言だったが――
「テオドールをどうか頼みます」
思わず私は叫んだ。
「お姉さまは……!?」
すると――
「気が向いたら、また参りますわ、それでは」
そうして、立ち去っていったのだった。
残されたテオドールがぽつぽつと呟く。
「……姉上は俺を許してくれたんだろうか?」
「もちろんです! 今のはそういう意味ですよ!」
すると――
「そうか」
テオドール様が少しだけ誇らしげに微笑んだ。
「ええっと、じゃあ、帰りましょうか……って、きゃんっ……!」
私は坂道でまたもや転んでしまった。
「アリア、お前という奴は……」
ふわり。
気づけば、私はテオドール様にお姫様抱っこされていた。
そうして、テオドール様がふんわりと微笑んだ。
「無鉄砲だけどドジだから、どうしても目が離せなくなるな」
「わわっ……」
急に微笑みかけられてしまい、胸がドキドキしてしまう。
(偽の恋人役だったのに、どうしよう、心臓が……)
「お前がそばにいると、今まで以上に力が出る。それに、不幸だった自分がどんどん幸せになっていく気がするよ。ありがとう、マリア」
(テオドール様の名前間違いは、やっぱりわざとなの……?)
だけど、聞きたくても聞けない雰囲気だ。
こうして――
お姉さまとの一件があって、私たちの距離はますます近づいたのでした。