不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される
第4章 メイドを解雇されました編
(なんだろう、最近は寝ても覚めても、テオドール様のことばかり……)
そんなことを思いつつ、わたしが箒で部屋の掃除をしていた時のこと――。
(ただの偽の恋人同士というか、そもそも、アーレス様の一件が片付いたわけだから、もうわたしはお役御免のはず……)
だけど、引き続きメイドの仕事をさせてもらっている。
(もう恋人同士のフリはしなくて良いはずなのに、なんだろう、テオドール様との距離が近い気がする)
嬉しいような、ふわふわするような。
この気持ちはいったい何なんだろう。
ちょうど、その時――
「アリアさん!」
その場に、オルガノさんが姿を現した。
「最近、ぼっちゃんと良い感じですね!」
「ええ!? そ、そうですか?」
わたしは慌てふためいてしまう。
「ええ、ええ、そうです、そうです」
(良い感じに見えているのね――)
オルガノさんに指摘されて、わたしは恥ずかしくなってしまった。
同時にテオドール様と婚約者のことを思い出してしまい、胸が苦しくなる。
「ところで、アリアさん。剣の守護者様の友達の妹さんだったんですね」
オルガノさんに問われて、わたしは頷いた。
「喋ったりしたことあるんですか?」
「――? ええ、わたし、お兄ちゃんにお弁当を届けることがあるんですけど、そういう時に、剣の守護者様が話しかけてくれました」
「ふ~~ん、アリアさん見てて、思ったこと言って良いですか――?」
オルガノさんがにやにや笑いながら話しかけてくる。
「は、はい、なんでしょうか?」
そうして彼はずばりと告げてきた。
「アリアさん、剣の守護者様のこと好きだったでしょう?」
「え、ええっ!!? な、なんでそう思われたんですか?」
「アリアさんの剣の守護者様を見る目なんかでですよ」
(わたしったら、どんな目をしていたの――?)
ドキドキしながら返答することにした。
「た、確かに、昔は剣の守護者様のことが好きでした。だけど――」
わたしがそこまで口にした時、がたりと音が聴こえた。
音の方を振り向くと――。
「テオドール様――?」
黒いローブを身にまとったご主人様が、部屋の扉の前に立っていたのだった――。
彼は何も言わずに、その場を後にする。
「テオドール様?」
何度声をかけても、彼からの返事がない。
(様子がおかしい――)
そう思って、わたしは彼を追いかける。
「テオドール様……!」
結局、わたしは中庭まで彼を追いかけることになった。
この間草むしりをした花壇の付近で、テオドール様は立ち止まる。
わたしの方を振り向かないまま、彼は私にぽつぽつと話し始めた。
「お前の様子がおかしいと思って見にいったら……結局、お前も彼女と同じだ――」
「え――?」
「お前も本当は、剣の守護者の方が好きなのに――私の前では良いように話してきただけだった――結局、お前も私に嘘をついてきた――」
(もしかして、わたしが剣の守護者様のことをなんとも思っていないって、隠してしまったから――?)
わたしとしては、テオドール様に剣の守護者様のことを好きだったと、知られたくなかっただけだった。
だけど、以前、元婚約者である女性に裏切られたように感じたことがあるテオドールからすれば、わたしの誤魔化しを嘘をついたと捉えてしまったのかもしれない――。
「あ――テオドール様、わたし――」
声がかすれてしまう。
テオドール様はぽつりと呟いた。
「――もう良い」
彼にそう言われ、わたしは胸をなでおろした。
(良かった、テオドール様、許してくださったのね――)
だけど、それは私が都合よく解釈したに過ぎなかった。
「もう、この屋敷で働かなくて良い――」
「え――?」
頭を金づちか何かで撃たれたような衝撃が走る。
「もうお前はクビだ……。お前のような主人に嘘をつく使用人は必要ない。金はたくさんやるから――」
「そ、そんな、私は――」
だけど、テオドール様はわたしの言葉をそれ以上は聞いてくれなかった。
「もう私の前に姿を現さないでくれ――」
わたしの目の前が真っ暗になった――。
※※※
――その日の出来事はそれ以上覚えていない。
気づいたら、馬車で街まで送られ、いつの間にか自分の家に帰ってきていた。
家でお母さんの顔を見たわたしは、なんだかよくわからなくて、わんわんと泣き続けたのだった――。