不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される


 広間の扉から現れたのは――。



 黒髪にすみれ色の瞳をした、端正な顔の青年。

 紺色のフロックコートに白いクラヴァットを身に着けた、わたしの元・ご主人様――。



「テオドール様――」



 ずっと会いたくて仕方がなかった人物が、そこには立っていたのでした。



 テオドール様は、慌ててわたしの元に走ってくる。



「アリア!? 大丈夫か!?」



 わたしの両肩に、テオドール様の大きな両手がのった。

 彼はとても心配そうに、わたしの顔をのぞきこんでくる。



(こんなに慌てているテオドール様を見るのは初めて――)



「は、はい、大丈夫ですが……どうしてテオドール様は、そんなに慌てているんですか――?」



「女王陛下から屋敷に手紙が届いたんだ。先日、女王陛下が城にお前を誘ってお茶会を開いたが、その際にお前が粗相を働いたという手紙が来たんだ」



「女王陛下とわたしがお茶会……?」



 身に覚えのない話に、わたしはしばらく考え込んだ。

 テオドール様は話を続ける。



「そうして、お前を罰するために城に連れてきたと――牢屋にでも入れようか迷っている。お前を助けたいなら、城の大広間に来いと、女王陛下からの手紙には書いてあったんだ……」



「ふえええええっ!?」



 突拍子もない内容に、わたしは驚いてしまう。



(女王さま、一体どういうことですか?)



 そういえば彼女が「面白いことを思いついた」と話していたことを思い出したのだ。

 慌てて後ろを振り向いたが、重厚な扉はもう締め切られてしまっていた。



(え? え? どういうこと――? まさか、女王陛下の思いついた面白いことって――テオドール様に嘘の手紙を出すことだったの――?)



「だが、お前が無事なら良かった。お前に何かあったらと思ったら私は――」



 彼は必死な形相で、わたしに話しかけてきていた。



 おそらくテオドール様にとって、城のこの広場は心の傷になっているはずだ――。



 城の庭にある魔術研究所への出入り自体も、彼は嫌がっていたはずなのに――。



 なのに、わたしの身を案じて、わざわざ来てくれたのだと思うと、わたしの胸はじーんと熱くなった。



 だけど、一方で冷静な自分が、期待しても傷つくだけだと、頭の中で訴えてきていた。



「その、わたしはもうテオドール様の元に仕えるメイドではありません……だから、テオドール様に心配していただくような身の上ではない、です……」



 言いながら、わたしは泣きそうになっていた。



「私は、お前にひどいことを言ってしまった……」



 テオドール様が、ぽつりとつぶやくように訴えてきた。



「オルガノとじいや、ばあやの三人に叱られた……」



 わたしはテオドール様を見上げた。



「三人ともに、どうしてお前が剣の守護者のことが好きだったと私に話せなかったのか分からないのかと責められた――でも、元婚約者のことがあった私は、不安でしょうがないうえに、また剣の守護者かと嫉妬してしまって、視野が狭くなってしまっていた――お前が嘘をつくような人間じゃないと分かっていたのに――」



 たいへん申し訳なさそうに、テオドール様はわたしに話しかけてきた。



「テオドール様……」



 わたしの両肩を掴んだまま、彼は訴える。



「人と接するのが苦手な私だが、お前を大事にしていきたいという気持ちを持っている。ひどいことをしてしまった私が、こんなことを言っても説得力がないのは分かっている。だけど、私はお前のことが――」



 わたしは、テオドール様の話をさえぎるように話し始めてしまった。



「テオドール様は、ただの使用人に対して優しすぎます――そんなことを言われたら、勘違いしてしまいそうです」



「勘違い――?」



「わたしが剣の守護者様に抱いていたドキドキは憧れなんです……でも、好きな人としてドキドキしてしまうのは、他でもない――――」



 涙でぐしゃぐぐしゃになっているだろう顔で、わたしはテオドール様にはっきりと伝えた。



「テオドール様だけなんです。テオドール様が昔、婚約者の方と手をつないだりしてたのかなって思ったら、胸が苦しくて……剣の守護者様が女王陛下と恋人同士だって分かった時、こんなにまで辛い気持ちにはならなかった……」



「わたしは、マリア・ヒュドールは、テオドール様のことが大好きです」



 わたしの言葉を聞いたテオドール様の菫色の瞳から、涙が流れていた。



(テオドール様、なんで泣いて――?)



 彼は、わたしの身体をそっと抱き寄せる。



「私は、ただの使用人に対して大事にしたいなどとは言わない」



 彼の腕の力が強くなる。



「私が、お前が剣の守護者のことを好きなんじゃないかと邪推したような気持ちを、お前も私に抱いていたのだな――」



 そうして、テオドール様は私の耳許で囁いてきた。



「また、私のもとに帰ってきてほしい――使用人としてではない――」



「使用人ではないとはどういう――?」



 彼はわたしを抱き締めたまま続けた――。



「――もちろん、私の妻としてだ――」



「――! テオドール様――!」



 わたしは彼の発言に驚いてしまう。



 ただでさえ強かった、彼の私を抱き締める力がいっそう強くなる。



 誤解もとけたわたしたちは、大広間で、しばらくの間、抱きしめあったのでした――。


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