不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される
城での出来事があってから数か月後――。
わたしとテオドール様は、街の教会で結婚式を挙げることになりました。
貴族と平民という身分の差がわたしたちの間にはあり、結婚してもわたしはこのままでは正妻にはなれない可能性がありました――。
だけど、な、なんと――!
わたしのお兄ちゃんが子爵位を授けられて、一応貴族の仲間入りを果たしたことで、一気に問題は解決してしまいました。
とは言え、テオドール様曰く、身分差なんて気にしておらず、わたし以外に奥さんは置かないつもりでいたらしいのですが――。
ということで、無事に、皆に祝福されながら、満を持しての結婚式を挙げることができるようになったのでした。
※※※
先ほどまで、お母さんにお兄ちゃん、お兄ちゃんの奥さんに、オルガノさん一家、アーレス様、女王陛下に剣の守護者様――が代わる代わる挨拶に来ていた。
(結婚式、忙しいよ~~)
結婚式も直前になり、わたしが純白のウエディングドレスに着替えて、教会の小部屋で少し休んでいたところ――。
コンコンとノックの音が聴こえて、私はそちらを振り向いた。
「テオドール様――」
現れたのは、白いタキシード姿のご主人様でした。
(ちょっと違う意味でご主人様になったけれど……)
わたしは、彼の方に駆け寄ろうと、ドレス姿のまま身体を動かした。
すると――。
「ひぎゃっ……!!!」
案の定、私はドレスの裾につまづいてしまった――。
傾いだ身体を、テオドール様が支える。
そうして、そのまま、わたしは彼の腕の中におさまってしまった。
「相変わらず、ドジだな……」
(うう……返す言葉もない……)
テオドール様が、話を続けた。
「でも、お前がドジだからこそ、私はお前のことを知ることが出来た」
「え――?」
一体全体、これまた何の話か分からない。
わたしはテオドール様に抱きしめられたまま、彼の顔を見上げる。
「お前は覚えていないかもしれないが……八年ぐらい前になる……私たちが初めて出会ったのは、城にお前が、お弁当か何かを届けに来ていた時だ。お金を取り落としたか何かで、私が一緒に探してやったのがきっかけだ……」
「お、お金を……?」
なんとなく、なんとなくだが、わたしの頭の中に小さい頃の記憶が浮かんだ。
「あの時の私は、元婚約者の辛辣な話を聞いて、河を見て落ち込んでいた。というよりも、情けないことに泣いていたんだ。そんな中、お金を落としたと騒いでいるお前にあっけにとられた。そのうえ、もう私の涙が引っ込んだ後に、『アリア』と刺繍されているようにしか見えないハンカチを、私に手渡してきたんだ。『元気を出してください』と言って……」
(刺繍が下手すぎて、アリアに見えたんだわ……)
テオドール様は話を続ける。
「お前は、街でも評判のドジだったから――」
(街で評判だったのは、テオドール様だけじゃなかった――!?)
わたしもどうやら悪名をとどろかせていたようだ――。
「たまに街に出ると、お前が目についた。馬車の前に現れたお前と初対面のようにふるまってはいたが、私はずっとお前のことを知っていて、裏表のないお前がずっと気になっていたんだ……」
「それじゃあ、ずっと前からテオドール様はわたしのことが――」
結婚式の前だと言うのに、すでにわたしの胸はドキドキしていた。
「屋敷で暮らすうちに、気持ちに確信を得たに過ぎない。わざとアリアだと言っていたけれど、なかなかお前は気づかないから、せっかくなので今言うことにした――」
いつもは寡黙なテオドール様が、結婚式の今日はとても饒舌だった。
「これからも、ドジで優しいお前のままで、私のそばにいてほしい――」
彼の端正な顔が私にそっと近づいてくる。
「――ずっと愛しているよ、マリア――」
彼の唇が、私の唇にそっと重なった。
わたしとテオドール様の二人は、誰も見ていない教会の小部屋で――。
一足早い、二人だけの愛の誓いを交わしたのでした。