不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される


(一ソーニャ、二ソーニャ、三ソーニャ……やっぱり、一ソーニャ失くしちゃった)

『マリア、すぐにお金を落としちゃうけど、一ソーニャでも貴重だから大事にしろよぉ』

 お金を数えていたら、お兄ちゃんの声が聴こえてくる。煉瓦色の垂れ眼は、すごく優しいの。
 お金を落とさないようにって、あまりセンスが良いとは言えないデザインのつぎはぎを、わたしのドレスに付けてくれたっけ。
 あの頃はせっかくの可愛いドレスが残念なことになったって落ち込んでいたけど、今となっては良い思い出かな。

 それにこの後、確か――。

(百万ソーニャ、一千万ソーニャ、一億ソーニャ……?!)

『おい――』

 わたしが頭の中でお兄ちゃんとの思い出を回想しながら、お金を数え続けていたら、お兄ちゃん以外の誰かの声が聴こえてきた。
 なんだか全身凍り付きそうなぐらい低い声。

(絶対に反応しちゃダメ、わたしは眠りについておかなきゃいけないの……)

 とにかくお金を数えて……!

『――そこのくすんだ金の髪をした女。良いから起きろ』

 聞き捨てならない、わたしのコンプレックスを刺激するような発言……。

(いけない、反応してはダメよ、マリア)

 とにかく目をつぶったままやり過ごして……。

「目覚めているのだろう? なぜそんなに頑なに目を開けようとしないんだ?」

「……」

「呼吸の仕方でばれているぞ」

 目をぎゅっとつぶったまま、わたしは声を出さずに堪えた。背中に、冷や汗が流れるのが分かりました。
 完全にばれてる……。

(もうこうなったら、息を止めるしか、ない!!)

 心を無にして、息を止める。
 お兄ちゃんが騎士として大成するところを見て死にたかったし、やっぱり一度で良いから憧れの紅い髪のあの人に……(以下略)。

 そこまで考えていたら、突然ほっぺに痛みが走った。

「い、いひゃい!!」

 思わず目を開けて叫んでしまいました。

 どうやら、目の前の男性に頬をつねられているようだった。

 腕が伸びる方に視線を向けると、菫色の綺麗な瞳と目が合って、心臓がどきり跳ねるのが自分でも分かる。

(……テオドール・ピストリークスとかいう、視線を合わせたら不幸になる? ……とかいう極悪魔術師……)

 わたしの眠るベッドの横に、彼が跪いているのが見える。

 わたしは、ぶるぶると身震いをしてしまった。

(目を合わせなければ、不幸にはならないはず……)

 思い切って視線を外してみた。
 はずしがてら視線を巡らせると、どうやら元居た部屋に戻ってきているのが分かった。
 しかもちゃんとベッドに横にしてくれていたよう。

……それにしても、なんだかテオドール伯爵からの痛いぐらいの視線を感じる。

(うぅ……、やっぱり割った壺の弁償をしろってことだよね……)

 視線をそらしたままでいると、さらに頬に痛みを感じる。

「い、いだい……あんまり、嫁入りみゃえの顔をそんにゃに伸ばしゃないでください」

 わたしがそう伝えると、意外にもすんなり手を離してくれた。

「あ、ああ……悪かった……」

(怖いと評判の伯爵さまだけど……意外と怖くないのかな?)

 私って単純よねと思いつつ、テオドールさんとかいう人の方を見てみた。

(……しかし、本当にカッコいい)

 一応、顔立ちは良いとは聞いたことがあったが、ここまでとは……。

(近づいたら呪われると評判だから、これまでちゃんとこの人の顔を見た人はいないんじゃないかな?)

 昔、遠目でちらっと見たことがある、女王様の元婚約者様並みに端正な顔立ちに近い気がする。こうなんというか中性的で、鼻筋が通っていて、綺麗な顔立ち……。

 まあ、私の好みじゃ(以下略)。

 思わず、ピストリークス伯爵の顔をじろじろ見ていたら、相手が眉をひそめて、ひく~~い声で話し掛けて来た。

「あの壺の件だが、それよりもお前に……」

 壺と言う単語が聞こえて、思わず反射で体が動いた。
 わたしは勢いよく、ベッドの上で土下座して、とにかくこれでもかと言わんばかりに平謝りする。

(もうこうなったら、謝り倒すしかない!!!)

「ピストリークス伯爵さま!! なんでもします、なんでもしますから、お母さんやお兄ちゃんに迷惑が掛かるのはやめてください!」

「なんでも?」

 目の前の彼は、眉をぴくりと動かす。
 菫色の瞳になんだか怪しい光が見えた気がして、わたしの声は上ずってしまった。

「は、はいぃ。あ、でも、やっぱり――」

 息を吸いこんで叫びなおした。

「――どこかに売ったり、殺されたり……それ以上に、変な人の愛人とかにされちゃうのは勘弁してほしいです!!」

 部屋の中に、わたしの大声がこだまする。

 言った内容以外にも嫌なことはいっぱいあるけど、頭の中が混乱してすぐには色々発言できなかった。

 わたしが狼狽えていると、相手から声をかけてくる。

 そして彼が話す内容があまりに突拍子もなくて、わたしはびっくりしてしまった。

「アリアとかいう女。ちょうど私に変な女からの見合い話が来ていて、それを断りたい。たまたま拾ったから、ぜひ恋人役をやってほしい。払える金は少ないが、それなりにはずむから」

 アリアじゃなくて、マリアですけど。

(そう言えば、わたし、名乗ったっけ?)

「それ以外は?」

「あとは屋敷の簡単な手伝いでもしてくれれば……」

「変なこと、なしですか?」

 そう尋ねると、彼はこくりと頷いた。

 それを見たわたしは、これでもかと言わんばかりに首を縦に振ったのでした。
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