すとーきんぐでいず
発見
ただ何気なく千代田区を歩き、町の空気を肺いっぱいに吸い込みながら、私は休日の日課を楽しんでいた。
私の名前は田中頼子。
25歳のいわゆる喪女である。
そんな冴えない私にはその喪女と言う生態に反して似つかわしくない趣味が一つある。
それが喫茶店巡りだ。
美味しいコーヒーを求めて都内をうろうろしている。
一日、一店という制限を設けて。
何故なら昔から小食で2店目のコーヒーが私の小さな胃には入ってくれない。
そのお陰で私はヒョロヒョロで胸もない。
女性で小食は羨ましがられる場合があるが、私の欠点は小食なのでそれに見合った力や体力しか持ち合わせていない事だ。
だから私は沢山食べれる女性が羨ましい。
そうすれば私は一日、一件しか回れない喫茶店を2店回ることが出来る。
本日は休日だ。
休日と言っても世間は平日で、逆に世間が休みの時には私は仕事になる。
一時期はOLをやっていたのだけれど、最近のOLに茶汲み仕事なんてものはない。
業務に追われる日々の私は、体を壊した。
私は普通の人が出来る仕事で挫折をし、今はしがないコンビニの店員をしている。
両親も納得してくれて、今では金銭的には色々と心もとないが悠々自適な実家暮らしを満喫している真っ最中だ。
平日の15時、色々なお店の外から店内の雰囲気を妄想する。
いずれは全て回るお店も、どうせなら早めに当たりを引いてしまいたいという欲求に駆られることもある。
要するに冒険をやめて、落ち着いたド定番に身を投げてしまいたいという時だってある。
でも今日は冒険の気分だ。
そんな日はスマホを見ながら口に手を当てて探偵気分で美味しいお店を当てるのだ。
勿論、私は探偵でもないし、洞察力は人並みだから外す時はとことん外す。
そんな私が本日入店することに決めたのは喫茶店名「もるこっと」さん。
ここはコーヒーもあるけれど、イチオシはモルコットの名前に由来するもこもこのカフェラテだ。
どうやらこのお店、もこもこのカフェラテの泡を盛る趣味の店員さんがいるらしい。
と言うわけでどれほど泡を盛ってるのか確かめるべく店内に入った。
喫茶店の中はボックス席とカウンター席があって吊り下げられたカンテラが店内をほんのり照らしていた。
雰囲気はまずまず。
「いらっしゃいませー」
店内ではカウンターの中に居る女性がはつらつとした声で私に声をかけてくれた。
「一名様ですか?」
「はい、自分ひとりです」
店員さんの顔をまじまじと見る。
美人だ。
髪の毛を茶髪に染めているが全てではなく程よく染めているはずなのに、彼女の目鼻立ちがいいせいでより明るく染めている印象を受ける。
背が女性としては高く、目測で171cmくらいあるのではないかと思われる。
お店の渋い雰囲気とは微妙にミスマッチしているが、彼女の着ているゆるりとしたウェイター服がそのミスマッチを和らいでくれていた。
「カウンターかボックス席、どちらに座られますか?」
「カウンターでお願いします」
カウンター席には一人の老紳士が座っていて、ボックス席は男性客がチラホラ見える。
ボックス席の男性客の眼差しの先にはカウンターの内側でラテを作っているお姉さんに向けられていた。
私は心の中で「なるほど」と思いながら、木製のボードに彫られているメニューを見ながらコーヒーにしようかラテにしようか迷っていた。
そんな時だ、私はカウンターの中でもう一人、長身の男の人が何かを作っている姿が目に入った。
身長は176cmくらいの黒髪で、長さは男性としては長くも無ければ短くもない、清潔感が保たれている長さだ。
目鼻立ちは大変良い。
良いのだが、私は一つ思う所があった。
改めて女の人の顔と見比べる。
…似てる。
兄妹なのかな?
そんな事を思っているとお兄さん?の方が出来たケーキをお皿に乗せてボックス席のマダムまで歩いて行った。
「ご注文の竹炭ケーキです。お待たせいたしました」
「待ってたわよ、悠平くん、悠平君のケーキは最高だわ」
どうやらマダムは常連らしい。
店員さんの名前を知っているくらいには………
「お客さん、ご注文はお決まりですか?」
と、じーっとユウヘイさんの顔を見ていた私に妹さん?が声をかけて来た。
「あっ、えっと、じゃあコーヒーで」
私は慌てて答えたために致命的なミスをした。
ラテのモコモコを楽しみに店に入ったはずなのに慌てたせいでコーヒーを注文してしまったではないか。
何やってるんだろ、私。
男の人に見とれて本来やりたいことをすっぽかすなんて…
こんなポカ、人生の一度だってなかったのに。
それくらい魅力的な顔だった。
マダムが常連になるのも無理はない。
私は自分のコーヒーが出来るまでユウヘイさんの横顔をまじまじと見つめていた。
「お待たせいたしました」
そう言ってコーヒーが出てくる。
私のコーヒーの楽しみ方は少し独特だ。
まずはブラックで飲んだ後に、砂糖やスティックを少しずつ足しながら飲む。
そうやって丁度いい味を探りながら飲むのだ。
ここのコーヒーは良くも悪くも普通だ。
多分、ラテの方に力を入れてるんだろう。
もしくは、先ほどマダムが注文した竹炭ケーキとかいうオリジナルケーキ。
「あの、竹炭ケーキお願いします」
思い切って頼んでみる。
「竹炭ケーキですね、ありがとうございます。悠平、竹炭ケーキひとつ」
「あいよ」
ユウヘイさんは軽い返事をしながら黙々と私のケーキを用意し始める。
私は自分のケーキが出てくるまでユウヘイさんの顔をじーっと見つめていた。
色々な喫茶店を見てきたけど、若い男性が調理場にいるのは大変珍しいことなので新鮮味がある。
おまけにとても美形ときたら、それはもう稀の稀だ。
今日は平日だからお客さんはまばらだけど、休日だとユウヘイさんを見たさに女でごった返すだろうことは想像に難くない。
ただこのお店、雰囲気は悪くないのだけれど外から見通せるような作りにはなっていないのが良いところ。
何で良いところなのかって?
それは勇気ある選ばれしものだけがユウヘイさんのご尊顔を拝見出来るからである。
「お待たせいたしました。竹炭ケーキです」
「ありがとうございます」
出来上がったケーキをユウヘイさんが持ってきてくれた。
そして持ってきてくれただけなのに思わずお礼を言ってしまう私。
テーブルに料理を持ってきてくれた店員さんに対して初めて「ありがとう」を言ったよ。
いつもだったら、「どうも」とか「はーい」とかしか返事しないのに。
とりあえずケーキを食べてみよう。
竹炭と言うだけあってケーキの一部分が黒い。
炭って食べても大丈夫なのかなと今更思い始める私がいる。
私はフォークでケーキを一口サイズにして食べてみた。
………
成程、確かに炭の風味がする。
鼻孔を刺激するのはふんわりとした墨のかおり。
炭と言うのはこういった料理には適した食材と言えるのだろう。
初めて味わう炭の感覚をコーヒーと一緒に楽しんだ。
どうやらコーヒーとの相性もいい。
このお店は3重の意味で当たりだ。
まずお店の雰囲気が良い事。
それからケーキとコーヒーの相性がいい事。
そして運営しているのが美男美女であること。
つまり喫茶店もるこっとは楽園だった?
「すみません、こちらの営業時間って何時から何時までですか?」
思わず聞いてみた。
「土日祝日が11時から14時で、平日が7時から20時ですね、それから火、水、木が休業日です」
「ありがとうございます」
うーん、平日を3日も休むなんて何かあるのかな?
休日も営業時間が3時間だけって言うのも気になる。
とりあえず今日がたまたま金曜日だったからこのお店に出会えたのだという事を神様に感謝しよう。
こういった時ばかりは自分の小食さ加減が憎たらしい。
私が大食い女だったら何時間でもこの空間に居られるのに…
流石にコーヒーとケーキだけで1時間以上いるのは迷惑だよね。
今はまだお客さんがまばらだけど夕食時になったら結構入ってくるだろう。
メニューに目を向けてみるとカレーライスも扱っている。
お昼か夕方は混雑しそうだ。
でもカレーライスはいつか別の日に食べに来てみよう。
私は交通系ICカードでお会計を済ませて喫茶店を出た。
支払い方法が多いのもこのお店の長所だ。
千代田区から練馬区の実家に帰って早速お気に入りのお店リスト手帳にもるこっとを書き込んだ。
そしてユウヘイさんの横顔を思い浮かべながら眠りに就いた。
私の名前は田中頼子。
25歳のいわゆる喪女である。
そんな冴えない私にはその喪女と言う生態に反して似つかわしくない趣味が一つある。
それが喫茶店巡りだ。
美味しいコーヒーを求めて都内をうろうろしている。
一日、一店という制限を設けて。
何故なら昔から小食で2店目のコーヒーが私の小さな胃には入ってくれない。
そのお陰で私はヒョロヒョロで胸もない。
女性で小食は羨ましがられる場合があるが、私の欠点は小食なのでそれに見合った力や体力しか持ち合わせていない事だ。
だから私は沢山食べれる女性が羨ましい。
そうすれば私は一日、一件しか回れない喫茶店を2店回ることが出来る。
本日は休日だ。
休日と言っても世間は平日で、逆に世間が休みの時には私は仕事になる。
一時期はOLをやっていたのだけれど、最近のOLに茶汲み仕事なんてものはない。
業務に追われる日々の私は、体を壊した。
私は普通の人が出来る仕事で挫折をし、今はしがないコンビニの店員をしている。
両親も納得してくれて、今では金銭的には色々と心もとないが悠々自適な実家暮らしを満喫している真っ最中だ。
平日の15時、色々なお店の外から店内の雰囲気を妄想する。
いずれは全て回るお店も、どうせなら早めに当たりを引いてしまいたいという欲求に駆られることもある。
要するに冒険をやめて、落ち着いたド定番に身を投げてしまいたいという時だってある。
でも今日は冒険の気分だ。
そんな日はスマホを見ながら口に手を当てて探偵気分で美味しいお店を当てるのだ。
勿論、私は探偵でもないし、洞察力は人並みだから外す時はとことん外す。
そんな私が本日入店することに決めたのは喫茶店名「もるこっと」さん。
ここはコーヒーもあるけれど、イチオシはモルコットの名前に由来するもこもこのカフェラテだ。
どうやらこのお店、もこもこのカフェラテの泡を盛る趣味の店員さんがいるらしい。
と言うわけでどれほど泡を盛ってるのか確かめるべく店内に入った。
喫茶店の中はボックス席とカウンター席があって吊り下げられたカンテラが店内をほんのり照らしていた。
雰囲気はまずまず。
「いらっしゃいませー」
店内ではカウンターの中に居る女性がはつらつとした声で私に声をかけてくれた。
「一名様ですか?」
「はい、自分ひとりです」
店員さんの顔をまじまじと見る。
美人だ。
髪の毛を茶髪に染めているが全てではなく程よく染めているはずなのに、彼女の目鼻立ちがいいせいでより明るく染めている印象を受ける。
背が女性としては高く、目測で171cmくらいあるのではないかと思われる。
お店の渋い雰囲気とは微妙にミスマッチしているが、彼女の着ているゆるりとしたウェイター服がそのミスマッチを和らいでくれていた。
「カウンターかボックス席、どちらに座られますか?」
「カウンターでお願いします」
カウンター席には一人の老紳士が座っていて、ボックス席は男性客がチラホラ見える。
ボックス席の男性客の眼差しの先にはカウンターの内側でラテを作っているお姉さんに向けられていた。
私は心の中で「なるほど」と思いながら、木製のボードに彫られているメニューを見ながらコーヒーにしようかラテにしようか迷っていた。
そんな時だ、私はカウンターの中でもう一人、長身の男の人が何かを作っている姿が目に入った。
身長は176cmくらいの黒髪で、長さは男性としては長くも無ければ短くもない、清潔感が保たれている長さだ。
目鼻立ちは大変良い。
良いのだが、私は一つ思う所があった。
改めて女の人の顔と見比べる。
…似てる。
兄妹なのかな?
そんな事を思っているとお兄さん?の方が出来たケーキをお皿に乗せてボックス席のマダムまで歩いて行った。
「ご注文の竹炭ケーキです。お待たせいたしました」
「待ってたわよ、悠平くん、悠平君のケーキは最高だわ」
どうやらマダムは常連らしい。
店員さんの名前を知っているくらいには………
「お客さん、ご注文はお決まりですか?」
と、じーっとユウヘイさんの顔を見ていた私に妹さん?が声をかけて来た。
「あっ、えっと、じゃあコーヒーで」
私は慌てて答えたために致命的なミスをした。
ラテのモコモコを楽しみに店に入ったはずなのに慌てたせいでコーヒーを注文してしまったではないか。
何やってるんだろ、私。
男の人に見とれて本来やりたいことをすっぽかすなんて…
こんなポカ、人生の一度だってなかったのに。
それくらい魅力的な顔だった。
マダムが常連になるのも無理はない。
私は自分のコーヒーが出来るまでユウヘイさんの横顔をまじまじと見つめていた。
「お待たせいたしました」
そう言ってコーヒーが出てくる。
私のコーヒーの楽しみ方は少し独特だ。
まずはブラックで飲んだ後に、砂糖やスティックを少しずつ足しながら飲む。
そうやって丁度いい味を探りながら飲むのだ。
ここのコーヒーは良くも悪くも普通だ。
多分、ラテの方に力を入れてるんだろう。
もしくは、先ほどマダムが注文した竹炭ケーキとかいうオリジナルケーキ。
「あの、竹炭ケーキお願いします」
思い切って頼んでみる。
「竹炭ケーキですね、ありがとうございます。悠平、竹炭ケーキひとつ」
「あいよ」
ユウヘイさんは軽い返事をしながら黙々と私のケーキを用意し始める。
私は自分のケーキが出てくるまでユウヘイさんの顔をじーっと見つめていた。
色々な喫茶店を見てきたけど、若い男性が調理場にいるのは大変珍しいことなので新鮮味がある。
おまけにとても美形ときたら、それはもう稀の稀だ。
今日は平日だからお客さんはまばらだけど、休日だとユウヘイさんを見たさに女でごった返すだろうことは想像に難くない。
ただこのお店、雰囲気は悪くないのだけれど外から見通せるような作りにはなっていないのが良いところ。
何で良いところなのかって?
それは勇気ある選ばれしものだけがユウヘイさんのご尊顔を拝見出来るからである。
「お待たせいたしました。竹炭ケーキです」
「ありがとうございます」
出来上がったケーキをユウヘイさんが持ってきてくれた。
そして持ってきてくれただけなのに思わずお礼を言ってしまう私。
テーブルに料理を持ってきてくれた店員さんに対して初めて「ありがとう」を言ったよ。
いつもだったら、「どうも」とか「はーい」とかしか返事しないのに。
とりあえずケーキを食べてみよう。
竹炭と言うだけあってケーキの一部分が黒い。
炭って食べても大丈夫なのかなと今更思い始める私がいる。
私はフォークでケーキを一口サイズにして食べてみた。
………
成程、確かに炭の風味がする。
鼻孔を刺激するのはふんわりとした墨のかおり。
炭と言うのはこういった料理には適した食材と言えるのだろう。
初めて味わう炭の感覚をコーヒーと一緒に楽しんだ。
どうやらコーヒーとの相性もいい。
このお店は3重の意味で当たりだ。
まずお店の雰囲気が良い事。
それからケーキとコーヒーの相性がいい事。
そして運営しているのが美男美女であること。
つまり喫茶店もるこっとは楽園だった?
「すみません、こちらの営業時間って何時から何時までですか?」
思わず聞いてみた。
「土日祝日が11時から14時で、平日が7時から20時ですね、それから火、水、木が休業日です」
「ありがとうございます」
うーん、平日を3日も休むなんて何かあるのかな?
休日も営業時間が3時間だけって言うのも気になる。
とりあえず今日がたまたま金曜日だったからこのお店に出会えたのだという事を神様に感謝しよう。
こういった時ばかりは自分の小食さ加減が憎たらしい。
私が大食い女だったら何時間でもこの空間に居られるのに…
流石にコーヒーとケーキだけで1時間以上いるのは迷惑だよね。
今はまだお客さんがまばらだけど夕食時になったら結構入ってくるだろう。
メニューに目を向けてみるとカレーライスも扱っている。
お昼か夕方は混雑しそうだ。
でもカレーライスはいつか別の日に食べに来てみよう。
私は交通系ICカードでお会計を済ませて喫茶店を出た。
支払い方法が多いのもこのお店の長所だ。
千代田区から練馬区の実家に帰って早速お気に入りのお店リスト手帳にもるこっとを書き込んだ。
そしてユウヘイさんの横顔を思い浮かべながら眠りに就いた。