破壊
 俺の前に立ち、俺を見下ろす谷坂を止める者はいない。滅多にお目にかかれないDomとSubのプレイに興味があるのだろう。第三者として、安全地帯から眺めているだけ。自分にDomのコマンドは通用しないから、誰も彼も心にゆとりがあるに違いない。所詮は他人事。俺がどうなろうと、谷坂が何をしようと、傍観しているだけの人たちには関係ない。

「俺、立つの疲れたわ。足が痛いんだよな、霧崎。"Crawl(椅子になれ)"」

 ヒュ、と喉が鳴った。鼓膜が震える。椅子になれ。ただ、四つん這いになるだけではなく、椅子になれと言っている。谷坂は俺の上に座るつもりだ。

 辱めを受けると分かっていながらも、従わないといけない気持ちにさせられる。そうしなければ、褒めてはくれない。お座りをしても、谷坂は褒めてはくれなかった。もっと、従わないと。意味がない。

 やらないといけない。やりたくない。従わないといけない。従いたくない。満足させないといけない。満足させたくない。欲しい。欲しくない。したい。したくない。いる。いらない。

 命令を聞かないといけない気持ちと、命令なんか聞きたくない気持ちとがぶつかり合うが、そうしたところで勝つのはいつだってSubの本能だ。椅子にならないといけない。俺は椅子にならないといけない。拒否してはいけない。やりたくないと言ってはいけない。俺は椅子にならないといけない。

 のろのろと体を動かそうとするのと、谷坂が痺れを切らして俺の肩を蹴るのはほぼ同時だった。強く蹴り飛ばされ倒れそうになったが、床についた両手が自身の体を支えてくれた。同時に、Domを怒らせてしまった事実に目の前が歪み、次第に焦りが募る。
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