破壊
「下向くなよ霧崎。みんなに顔見せろ」

 見せろと言いながら、谷坂は俺の髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。憐れむような目が、気まずそうな目が、俺を見ている。誰も助けてはくれない。プレイになっていないような一方的な要求と暴力行為を目の当たりにしても、黙って傍観している。面倒なことに足を突っ込みたくはないのだろう。

 頭皮を引っ張られる痛みを覚えながら、どこを見ても誰かと目が合ってしまうような逃げ場のない状況で、人と人の隙間からちらりと覗いたある男子生徒の目を見た瞬間、ビリビリと雷に打たれたような衝撃が走った。次いで、その生徒の目の前で平伏したい衝動に駆られる。今俺の上に座っている谷坂が放ったグレアとは比べ物にならないそれだった。

 急に呼吸が苦しくなった。堰を切ったように溢れ出す謎の焦燥感に手足の力が抜けそうになると、不安定な椅子だな、と崩れ落ちそうになるのを見越したように、谷坂は掴んでいた髪を捻った。痛みと共に、ぶちぶちと髪が千切れるような音がする。でも、それに構うことができない。

 何を考えているのか読めない目で、じっと俺を見るその生徒から視線を逸らせず、俺は谷坂を上に乗せたまま、囚われたようにぽつりと口走っていた。

「すず、はら……」

 漏れた声が周りに聞こえたかどうかは分からなかったが、僅かな口の動きで俺の言ったことが伝わったのか、俺が呟いた名字を持つ彼、鈴原(すずはら)は緩く口角を持ち上げた。

 目が離せない。離せないまま、焦らすようにゆっくりと開かれる唇の動きを追っていく。息を吸って、吐いて。期待に胸が膨らんでいく。平伏したい。平伏さないと。その衝動は、いつまでも消えなかった。
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