破壊
「おい、霧崎、無視してんじゃねぇよ」

 またしても苛立った口調で文句を垂れる谷坂の声が頭上から落ちてくる。髪を引っ張られ、頭を叩かれても、俺は鈴原に釘付けになっていた。普段はあまり目立つことのない鈴原が、俺の上でSubを支配しているつもりになっているDomを小物にするほどの支配力を隠し持っていただなんて知らなかった。

 鈴原に魅せられ、上で喚く谷坂の傲慢な言動など微風の如くどうでもよくなってしまう俺は、ただひたすら、鈴原の前に跪きたくて喘いでばかりだった。できれば今すぐにでもそうしたいのに、先のコマンドが未だに効いているせいで行動に移せない。鈴原が、何か指示を出してくれれば。谷坂のコマンドを上塗りしてくれれば。そうしてくれれば、俺は。

「"Down(伏せ)"」

 それはあまりにも突然だった。聞こえていた雑音が瞬時に遠のき、鈴原の声だけがやけにクリアに耳に届いたと思った時には既に、俺の体は床に突っ伏していた。

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。俺の上に乗っていた谷坂もまた、度肝を抜かれたように間抜けな声を漏らしてバランスを崩し、無様な体たらくを晒した。谷坂は咄嗟に体勢を整え、俺に向かって何やら文句を口にするが、何を言っているのか聞き取れない。水中に潜っているかのように、声や音が遠く感じた。

 置いてけぼりを食らっていた心が追いつき、何重にも見えていた焦点が合わさったが、まるで巨大な岩の下敷きになっているかのように、一切の身動きが取れなかった。
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