破壊
 そのコマンドは、拒絶できる隙すらなかった。思考を巡らせる隙すらなかった。従いたい、従わないと、と思うよりも先に体が動き、脳や心は後からついてきたのだ。コマンドを耳にした途端、脊髄反射の如く、俺は鈴原に服従していたのだった。

「上手にやれば、普段はすました霧崎くんでもこんなに素直に従うんだよ。君はDomとしての才がなくて、自信満々に披露してくれたプレイはとても下手くそだね。見てるこっちが恥ずかしくなるくらい」

 緩慢な動作で席を立ち、こちらに歩み寄りながら谷坂を挑発する鈴原は、クラスメートの視線を集めたまま俺の前で屈んだ。手を伸ばされ、重かったね、と頭を撫でられる。乱れた髪を整えるように。

 偉いね、と褒められたわけではない。それでも、髪を撫でたり梳いたりする、決して暴力的ではない手に心地よさを感じた。その行為一つで、Domの鈴原はSubの扱いが上手く、手慣れていると悟った。

「いきなりしゃしゃり出てくんな鈴原。お前の挑発なんか乗るかよ。Subは手荒なのが好きだろ。だから、酷くしてやったんだよ」

「痛いのが苦手なSubもいることを君は知らないの? 霧崎くんなら多少の苦痛は耐えられるだろうけど、さっきの君のプレイは、人によってはサブドロップを起こしかねない。君は何にも分かってないね。一遍死んだ方がいいよ。俺が協力してあげるから」

 死んだ方がいいと軽々と口にする鈴原の目は、冗談を言っているそれではなかった。鈴原は冗談を言うような人ではない。鈴原と対峙している谷坂が同じ言葉を言えば誰もが冗談だと笑い飛ばすだろうが、鈴原に至ってはそうではないのだ。鈴原から醸し出される独特な空気感は、ジョークとしてふっと息を吐き、紙のように軽く吹き飛ばせるようなものではなかった。
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